「ロシア=悪玉」を定着させたデジタル担当相の手腕
「私たちはここにいます。自由のために戦います」
「世界は私たちとともにあります。勝利は私たちのものになります」
軍の兵士や市民に「勇気を与える」として話題になったゼレンスキー語録は、フョードロフとマスクの協力によって築いたプラットフォームから国際社会に発信されている。
それだけでなく、各国首脳にSNSでロシアへの制裁とウクライナへの支援を求め、「ロシア=悪玉、ウクライナ=善玉」として、ロシアを世界経済から遮断することまで成功したのである。その手腕はただ見事というほかない。
筆者は1995年に現地を取材したボスニア紛争を想起した。ボスニア紛争では、ボスニア政府がアメリカの大手PR会社と提携し、欧米の世論を味方につけることに成功した。対するセルビア政府は、情報戦を甘く見たために、悪玉のレッテルを貼られ制裁を受け、最終的には敗北した。
「武器も弾薬も使わないのに、これほど国際社会の見方が変わるのか」
筆者は、セルビアの首都ベオグラードで、制裁によって陳列棚に何ら食べ物がないスーパーを歩きながら、情報戦の重要性を初めて実感した。
このボスニア以上のことを成し遂げたのがフョードロフ、と言えるだろう。
海に囲まれた台湾は中国の侵攻にどう対応するか
これを中国の台湾侵攻に置き換えれば、中国側はロシアの轍を踏まないよう、「Starlink」が使えない手段に出るはずだ。
マスクの場合、フョードロフの依頼を受け、48時間以内にネット接続が可能な端末をトラック1台分、ウクライナに送り込んだ。しかし、陸路で搬送が可能なウクライナとは異なり、台湾は海に囲まれた島だ。
元自衛隊統合幕僚長の河野克俊は、中国の出方について、
「中国は、台湾が支配する金門島や馬祖島を攻略し、それらの島を起点に台湾を海上封鎖する可能性がある」
と語る。また、尖閣諸島を行政区域として抱える沖縄県石垣市の中山義隆市長も、
「中国はかなりの数の艦船で、まず尖閣諸島や台湾周辺の海を抑えるでしょうね」
と話す。そうなれば、ウクライナと同じようにはいかない恐れもある。
ただ、台湾には、ゼレンスキー同様、メッセージ力に優れた総統、蔡英文がいる。また、35歳でデジタル担当相に抜擢された唐鳳(オードリー・タン 現在は40歳)氏もいる。中国と台湾の軍事力の差は、まさしくロシアとウクライナの関係に匹敵するが、情報戦では引けをとらない、むしろその上をいくのではないかと筆者は見る。
中国がロシアから学んでいるように、台湾もウクライナから学んでいるはずである。だとすれば、台湾有事が生じた場合、戦闘機や艦船の数もさることながら、情報戦、もっと言えばデジタル戦争が勝敗を決するのではないかと思ってしまうのである。