錯乱と正気の波

しかし、回復したと思ったのも束の間、次第に義父は心身ともに弱り、電柱に自損事故を起こしたのをきっかけに自動車の免許を返納。車を手放した。代わりに自転車に乗り始めた義父だが、84歳になった8月、自宅から20キロほど離れたところで熱中症のために倒れていたところを保護された。幸い、自転車に住所が書いてあったため自宅に連絡が入り、夫が迎えに行くことができた。

このあたりから義父は時々突然、自分がいる場所がどこなのか、自分が誰なのかさえわからなくなるように。認知症を発症していた。さらに、もともと心臓が悪かった義父は心筋梗塞を起こして入院。入院した部屋も問題アリだった。

自然光が入る病室に並ぶ2つのベッド
写真=iStock.com/AzmanL
※写真はイメージです

2人部屋のもうひとりの入院患者が、ひっきりなしに自分の息子らしき名前と、「許してくれ〜!」を連呼する寝たきりの男性だったのだ。

「こちらまで頭がおかしくなりそうで、私だったら間違いなく部屋替えをお願いしていました。でも、またここで『部屋を替えてもらいませんか』と言えば、異常なほどお医者さん信仰があつい義母に、『嫁の分際でお医者さんに楯突くな!』と怒られるのがオチなので、口をつぐみました。きっと誰もが部屋替えを申し出るレベルなのに、義父母は申し出ないので、相部屋にされたのだと思います」

数週間後、義父は病院内を徘徊するようになっていた。目が離せなくなったため、ナースステーション脇の部屋に閉じ込められ、病院からは退院を促される。

「義父は、自分がおかしくなってしまった自覚があるようでした。それまでは、『帰りたい、帰りたい』と言っていたのに、退院が決まった途端に、『こんな状態では帰れない!』と言い張って、帰ろうとしないのです。錯乱と正気が波のように入れ替わるため、正気の時は苦しかったと思います」

佐倉さんは、今でこそ、こうして義父の当時の気持ちを想像し、「つらくて涙が溢れてくる」と言って唇を噛みしめるが、そのときは義母に盾突いてまで、義父をかばうことはできなかった。

このあと、義父は「義母の王国」で悲惨な目に遭うことになる(以下、後編へ続く)。

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