北条義時の父・北条時政とは、どんな人物だったのか。歴史学者の濱田浩一郎さんは「NHK大河ドラマでは『ポンコツ』に描かれているが決してそうではない。冷徹で抜け目がない人物だった。彼がいなければ北条氏が興隆することも鎌倉幕府が確立することもなかった」という――。
主人公・北条義時の父・時政はドラマのように「ポンコツ」だったのか
NHK大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の放送で、歌舞伎役者の坂東彌十郎演じる北条時政に注目が集まっている。劇中、時政は「(平将門も)最後は首チョンパじゃねえか!」「もう! なんだよなあ!」とひっくり返り、手足をバタつかせるコミカルな態度をとったかと思うと、頼朝と対面する場面では重々しく振る舞う。そのギャップある二面性が魅力だと話題になっている。
主人公・北条義時を演じる俳優の小栗旬は、時政はじめ北条家の人々を「愛すべきポンコツ」(意訳:使い古したり壊れたりして役に立たないが、愛嬌がある)と評している。
大河ドラマ『真田丸』(2016年)でも、主人公・真田信繁の父・昌幸の濃いキャラクターを作り上げた脚本家の三谷幸喜氏である。義時を「ポンコツ」に描いた脚本は新鮮だし、今後の時政にも期待したい。
しかし、史実から見る実際の時政は決して「ポンコツ」ではないと私は思っている。今回は、大河ドラマでは描かれていない時政の性質を史実に基づき、解説していきたい。
意外にも謎が多い北条時政の出自
時政には謎が多い。いや、時政以前の北条氏自体にも不明点がたくさんあるといって良いだろう。
北条氏は、桓武平氏の平直方(生没年不詳。平安時代中期の武将)の子孫を称してはいるものの、直方から時政に至るまでの系図には齟齬があり、真実は分からない。時政の父の名にしても「時家」か「時方」「時兼」かの議論があるほどである。
このようなことから、時政以前の北条氏は、系譜が正確に伝わるような家ではなかったというのが、一般的な見方だ。