「本を読む人生」が「読まない人生」よりずっと良い

村上春樹は『村上さんのところ』で、「本をよく読む人と、本をほとんど読まない人がいますが、どちらの人生が幸せでしょうか? 全般的に本を読まない人のほうが、楽天的で人生を楽しんでいるように感じますが、どう思われますか?(猫星、女性、40歳代、無職)」

という読者からの質問に、こう答えています。

「たとえ不幸せになったって、人に嫌われたって、本を読まないよりは本を読む人生の方がずっと良いです。そんなの当たり前の話ではないですか」

シンプルで美しい回答です。

「本を読む人生の方がずっと良い」

一体なぜでしょうか。その理由を自分なりに考えてみました。一言でいえば、私は本が読者を未知の世界へと連れだしてくれるからだと思います。この世で実際に会うことの叶わない人に会えたり、聞いたことのない話を教えてもらえたり、ただ単純に面白かったり、熱中してページをめくっているうちに、目の前の景色が変わっていきます。本を読んでいるうちに読者は自分だけの発見をします。自分だけの地図が少しずつ広がっていくのです。

開いた本の上にさまざまなアイデアや知識が浮かぶ様子
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人間の知識欲は生まれつきで、終わりはない

私たちは知らずにはいられません。明日の天気も、今、給湯器の温度が何度なのかも、郵便物がいつ着くのかも、となりの家の犬が何という犬種なのかも知りたくなってしまいます。日々の些細な出来事から、過去の記録や、まだ起こっていない未来について、何でも知りたい。知ってどうするのという細かい疑問は気にとめず、ただ知りたい。私たちの知りたいことに終わりはありません。

古代ギリシアの哲学者プラトンが知識とは何かを問うた『テアイテトス』では、ソクラテスに「驚異(タウマゼイン)の情(こころ)こそ智を愛し求める者の情」であり、「求智(哲学)の始まりはこれよりほかにないのだ」と語らせています。また、万学の祖アリストテレスは、哲学の第一原理、存在とは何かを考察した記念碑的主著『形而上学』の1行目を「すべての人間は、生まれつき、知ることを欲する」からはじめています。

18世紀の中ごろ、スウェーデンの博物学者リンネは人類を霊長目に分類し、ラテン語で「ホモ・サピエンス」と名付けました。属名のホモが「人間」で、サピエンスは「知恵」をあらわしています。リンネは、人間を「知恵ある人」と呼んだのです。