「8050問題」はそのまま「9060問題」へ

今回、逮捕された容疑者は66歳の無職男性であり、「母親の通院に同伴した診察の待合で『うちの母親を(先に待つ他の患者より)先に診ろ』などと求め、職員が断ると大声で怒鳴り散らす」「『うちの母親に失礼をしたら絶対許さない』とよく言っていた」などのモンスターぶりが報道されている。

事件前夜の1月26日に容疑者の母親が死亡し、翌27日に医師が病院スタッフを同伴して訪問した際、母親の遺体が安置されている部屋で銃撃された。死亡医師と同時に40代男性理学療法士と30代男性介護士が被害に遭っている。

近年の訪問診療では、注意を要するケースの場合、訪問時に防刃チョッキや防刃カバンを使用して自衛する診療所も存在するが、散弾銃をスタンバイさせていたとは想定外だったのだろう。今後、医師の護身のための対策が論議されることになるだろう。

社会に横たわる「暗部」を照らした

2010年ごろから、社会問題として各種メディアで「8050問題」を目にするようになった。「80代(高齢)の親が50代(中高年)のひきこもる子供を支えて経済的にも精神的にも行き詰まってしまう状態」を表したもので、現代の社会問題となりつつある。

2019年の内閣府調査では、「40~64歳の『ひきこもり』が全国で推計61万人存在し、7割以上が男性、ひきこもり期間は7年以上が半数、就職氷河期の就活失敗が一因」などと報告されている。

ベッドメイクされていないベッド
写真=iStock.com/VTT Studio
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かつて「ひきこもり」とは「若者特有の問題」とされていたのが、実際にはそれが中年以降まで引き延ばされていたことが可視化された調査結果だったが、その後に十分な対策がされたとは言いがたい。

そのため、親の年金で生計を維持する「8050問題」は、そのまま「9060問題」となり、老親の死亡によって経済的に詰んでしまうので「親の死体遺棄」「親の年金・生活保護費の不正受給」などの事件は後を絶たない。

本容疑者は無職であるが、長年ひきこもっていたかどうかは不明だ。また、犯行の動機や背景に関しては警察の詳細な取り調べを待つことになるが、「母が死んでしまって、この先いいことがないと思った。医師やクリニックの人を殺して自殺しようと思った」と供述しており、「8050問題→9060問題→親死亡で自分の人生も詰んだと医師に逆上」という経過をたどった結果だった可能性もある。