セーターの重ね着にダウンベスト、マフラーにマスクをして…

それもあって、ほんとに寒かった。

1日中、冷蔵庫のなかで仕事をするようなものだから、料理人たちは防寒に気を配らなければならない。セーターを2枚着て、ダウンベストを羽織った上に白衣を着る。下半身は股引を2枚重ねばきして、防寒用のズボンをはく。加えて、首にはマフラーを巻き、顔にはマスクをつけ、ニット帽をかぶる。西の妻、娘ふたり、女性従業員はババシャツ、ババパンツで完全防寒である。

寒さに加えて、寝不足の料理人たちは一見、怪しい防寒服姿で年末を過ごすわけだ。

魚をさばく料理人
撮影=牧田健太郎

京味で働いている限り、年末には休めない。クリスマスにデートはできないし、歳末セールに行くこともできない。大みそかも夜まで後片付けをしなくてはならないから、カウントダウンパーティには出られないし、紅白歌合戦を見ることもできない。クリスマスイヴから大みそか近くまで、ひたすら魚を焼き、野菜の煮しめを作り、黒豆を炊く。

おせちができあがったら、受け取りにやってきた顧客に渡して、深々とお辞儀をする。それが京味の歳末風景である。

おせち作りでいちばん難しい「詰め」

30日の午後9時半を過ぎて、調理の仕事は一段落した。1階の調理場には、できあがった50種類の料理が並べられ、西が最終チェックをする。その後、ひとりごとを呟きながら、カウンターに置いた重箱にひとつずつ料理を詰めていった。

京味の主人、西健一郎氏(故人)。店は2019年に閉店した(撮影=牧田健太郎)

鮑旨煮、鱧山椒焼き、河豚白子焼き、海老芋揚げ、鴨ロース……。ひとつを詰めたら、箸を置き、重箱を上からじっと眺める。少しずつ重箱の中身が決まっていく。そうやって西が見本を完成させなければ、他の者は残りの重箱に料理を詰めていくことができない。見本が完成するのを待つだけだ。

客がおせちを取りに来るのは大みそかである。従業員たちは内心、「大将、さっさと済ませちゃいましょうよ」と思っているのだが、そんなことは到底、口にすることはできない。主人の仕事を黙って見守るしかない。

西は言った。

「私が作るおせちは食べられるものだけです。大きな伊勢海老を重箱にどーんと入れたり、イクラを詰めた柚釜で場所を取ったり、切り分けただけの蒲鉾や伊達巻きを並べるようなことはしたくないんです。手作りしたものだけを入れる。それがうちのおせちです。むろん料理は味がいちばんですが、おせちは縁起物だから見栄えが悪くてもいけない。重箱に詰めるには神経を使います。おせち作りでは詰めるのがいちばん難しいんですわ」