東京・新橋に「京味」という日本料理店があった。2019年に逝去した主人・西健一郎は、和食においてだれもが認める日本最高の料理人だったという。ノンフィクション作家の野地秩嘉さんは「京味の常連たちは、一番いいところは料理ではない、と口を揃えていた」と振り返る――。

※本稿は、野地秩嘉『京味物語』(光文社)の一部を再編集したものです。

京味
撮影=牧田健太郎

ジョン・レノンがたいそう気に入った賀茂茄子

これはグラフィックデザイナーの長友啓典さんから聞いた話だ。

野地秩嘉『京味物語』(光文社)
野地秩嘉『京味物語』(光文社)

「オノ・ヨーコさんがね、ジョン・レノンを京味に連れてきた。そうしたら、ジョンはものすごう気に入ったらしくて、来日の折にやってきて、おしんこと賀茂茄子をがばがば食べていたらしいんや。

西さんはね、ジョン・レノンのことを知らなくて、『あんな格好で大丈夫なんか』と心配してはったようやで。あの人、ちょっと抜けてるところもあって、おもろいで」

これはほんとうにあったことだ。ジョン・レノンの好物は賀茂茄子だった。

 

鯛の焼き物に添えられたのは「蓼酢」

ある日、秋元さん兄弟(康さん、伸介さん)が長友さんと私を京味に連れていってくれた。付け加えるけれど、最初に連れていってくれたのは秋元さん兄弟である。わたしはものすごく感謝している。

京味の主人、西健一郎氏(故人)
京味の主人、西健一郎氏(故人)(撮影=牧田健太郎)

初夏の席だった。鮎が出る。秋元さん兄弟とわたしの前には鮎が来たけれど、長友さんには白身魚を焼いたものが出てきた。

西が言った。

「長友さん、キュウリウオの類がダメだから、鯛のカマを焼いてみました。蓼酢で召し上がってください」

長友さんは胡瓜を始めとする瓜は一切、食べない。においもかがない。瓜もズッキーニもメロンも西瓜もダメ。ついでにキュウリウオもダメ。シシャモも公魚もダメ。

「野地くん、わからんの。キュウリウオのにおいはあれは胡瓜やで」

わかりませんと答えておいた。

さて、鮎と鯛のカマと蓼酢である。わたしが鯛のカマをじっとにらんでいたら、長友さんは「少しなら食べてええよ」と分けてくれた。それを蓼酢に浸して食べたら、鮎よりもはるかにおいしかった。カマの脂と蓼酢のほろ苦い酸っぱさが調和していた。

ここぞとばかりに「西さん、料理の天才ですね」とお世辞を言ったら、にこりともせず、「蓼酢というのは魚の余分な脂を消すんです」と呟いた。

蓼酢は鮎だけのものではない。脂のある白身魚に合わせてもいい。これも料理の本質を知っているからこその使い方だ。料理人が百人いれば百人全員が「鮎だから蓼酢を使う。それが常識」と思っている。しかし、彼はそうではない。蓼酢の本来の使い方を知っている。