※本稿は、野地秩嘉『京味物語』(光文社)の一部を再編集したものです。
ジョン・レノンがたいそう気に入った賀茂茄子
これはグラフィックデザイナーの長友啓典さんから聞いた話だ。
「オノ・ヨーコさんがね、ジョン・レノンを京味に連れてきた。そうしたら、ジョンはものすごう気に入ったらしくて、来日の折にやってきて、おしんこと賀茂茄子をがばがば食べていたらしいんや。
西さんはね、ジョン・レノンのことを知らなくて、『あんな格好で大丈夫なんか』と心配してはったようやで。あの人、ちょっと抜けてるところもあって、おもろいで」
これはほんとうにあったことだ。ジョン・レノンの好物は賀茂茄子だった。
鯛の焼き物に添えられたのは「蓼酢」
ある日、秋元さん兄弟(康さん、伸介さん)が長友さんと私を京味に連れていってくれた。付け加えるけれど、最初に連れていってくれたのは秋元さん兄弟である。わたしはものすごく感謝している。
初夏の席だった。鮎が出る。秋元さん兄弟とわたしの前には鮎が来たけれど、長友さんには白身魚を焼いたものが出てきた。
西が言った。
「長友さん、キュウリウオの類がダメだから、鯛のカマを焼いてみました。蓼酢で召し上がってください」
長友さんは胡瓜を始めとする瓜は一切、食べない。においもかがない。瓜もズッキーニもメロンも西瓜もダメ。ついでにキュウリウオもダメ。シシャモも公魚もダメ。
「野地くん、わからんの。キュウリウオのにおいはあれは胡瓜やで」
わかりませんと答えておいた。
さて、鮎と鯛のカマと蓼酢である。わたしが鯛のカマをじっと睨んでいたら、長友さんは「少しなら食べてええよ」と分けてくれた。それを蓼酢に浸して食べたら、鮎よりもはるかにおいしかった。カマの脂と蓼酢のほろ苦い酸っぱさが調和していた。
ここぞとばかりに「西さん、料理の天才ですね」とお世辞を言ったら、にこりともせず、「蓼酢というのは魚の余分な脂を消すんです」と呟いた。
蓼酢は鮎だけのものではない。脂のある白身魚に合わせてもいい。これも料理の本質を知っているからこその使い方だ。料理人が百人いれば百人全員が「鮎だから蓼酢を使う。それが常識」と思っている。しかし、彼はそうではない。蓼酢の本来の使い方を知っている。