自転車に乗ってまでタクシーを探す

歩いて帰る場合は客が角を曲がり、姿が見えなくなるまで、手を振り続ける。角を曲がったら、頭を下げる。道路に通行人がいても、みんなで盛大に手を振る。通行人は誰か芸能人でもいるのかとあたりを見回す。

京味
撮影=牧田健太郎

タクシーは西がつかまえに行く。膝の状態がよかった頃は自転車に乗って二〇メートルくらい先にある大通りまでタクシーをひろいに行った。

「車に引かれるのではないか」と思うくらい、道路の真ん中に仁王立ちしてタクシーをつかまえる。ただし、個人タクシーがそばに寄ってくると、見送る。「個人タクシーは接客がいまひとつ物足りない」からだ。

そうして、タクシーをつかまえて、客が乗りこむ頃には、西が乗る自転車を追ってきた家族とみっちゃんが、ひたひたと迫ってくる。家族が大通りまでやってくると、一列に並んでみんなで手を振る。客はほんとうに、照れくさい。照れくさいけれど、でも、彼らの気持ちはぐっとくる。胸がいっぱいになる。タクシーに乗ってから涙を流す高齢の客もいないわけではない。

西健一郎が終生大事にしたこと

西の口癖は「今度、しがらき餅作ってあげる」「今度はずいきのお寿司握ってあげる」「今度は太巻き巻いてあげる」……。

京味
撮影=牧田健太郎

作ってくれると言われても、だからといってそれを食べるためだけに京味に行くわけにはいかない。たとえ、作ってもらえなくとも、ありがたい気持ちになる。

彼は食べることも好きだ。だが食べる喜びより、それよりも作る喜びの方が大きいようだ。

彼はこんなことを言っている。

「日々のおかずの基本は鉢物だと思います。お鉢に入っているものを好きなだけ取って、好きなだけ食べる。お鉢のものを食べながら会話をする。会話も弾みます。

毎日食べるものを作る時は自分の体に聞くこと。疲れていたら、よし、精力をつけようと、とろろを食べる。肉でもかまいません。鰻でもいいでしょう。自分が食べたいものを食べる。ただ、疲れている時、今の私は肉よりもむしろ野菜の方が体を元気にしてくれると思います。もしくは好物を食べる。私はかやくご飯が好きだから、疲れていたら、それが食べたくなる。粕汁、豚汁、鶏雑炊もいい」