経営者や上司は職場の実態を隠蔽
Aさんが暴力やハラスメントについて徐々に口を開き始めたのは、2回目の面談以降だった。Aさんにとって、簡単には記憶から呼び起こしたくないことだったのだろう。
個人で入れる労働組合である総合サポートユニオンを紹介され、会社と団体交渉をすることが決まっても、Aさんは会社に声を上げることについて、理屈では納得しつつも、どこか引け目や恐怖を感じていたという。
しかし、いざ団体交渉を始めると、その迷いはたちまち吹っ切れた。団体交渉の席で、経営者や上司たちが職場の実態を隠蔽しようとする発言を繰り返したからだ。
Aさんはユニオンの他の組合員と一緒に、元請け企業の前で、拡声器を持って、ビラをまき、街頭宣伝を行った。
暴力の音声データが決定的な証拠に
会社にとって決定的だったのは、Aさんの同期が、先輩による暴力の音声データを証拠として隠し持っていたことだった。Aさんがユニオンに入って、元同僚たちにも声をかけて証拠を探していたときに、「実は俺、証拠を持ってるんだ」と打ち明けられた。いつか告発しようと機会を窺っていたのだ。
団体交渉の結果、未払い残業を今後は続けることができなくなり、会社はいやでも長時間労働の削減に踏み切らなければならなくなった。暴力をもっとも繰り返していた先輩は懲戒解雇になった。会社に対しても、暴力やハラスメント防止に努めることを約束させた。同僚たちは暴力から解放され、自由時間ができたことに感動していたという。
Aさんはこの業界への夢は失っていたが、交渉を最後までやり遂げたのは、暴力といじめの連鎖を断ち切り、元同僚たちのために職場や業界を良くしたいという思いからだった。その後、Aさんは新たな目標として、自分が受けた被害、そして会社と闘った経験を他の人のために役立てたいと考えている。