殴られ、蹴られ、首を絞められる日常

Aさんの同期ら若手社員は、少しでもミスや、うたた寝をしようものなら、この男性先輩社員から、すぐに拳で殴られた。徹夜作業をした翌朝に車で移動中、後部座席で居眠りをしていた若手社員が、顔面を靴で蹴り飛ばされたこともあった。若手の男性社員たちは、全員が彼から殴られたり、蹴られたり、首を絞められたりしたことがあった。女性社員ですら、容赦なく胸ぐらを掴まれていた。

坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)
坂倉昇平『大人のいじめ』(講談社現代新書)

会議中でも、気に障る発言があったら、ボールペンのペン先を向けて、勢いよく投げつけられた。「お前、口ごたえすんのか?」と平手打ちを繰り返し、胸ぐらを掴んで大声で「説教」されることもあった。

ただでさえ暴力の理由は理不尽だったが、別の若手のミスをあげつらった後、「お前は自分が関係ないと思ってんのか」と殴打し回し蹴りを食らわせることもあった。先輩の勘違いやミスの責任をなすりつけられて、暴力を振るわれることもあった。

暴力の加害者は、この先輩だけではない。別の先輩リーダーも、仕事が間に合っていなかった若手の頭を何発も殴ったあと、分厚いファイルの角で頭を殴り、出血させた。被害者はやむをえず、しばらく血で汚れたシャツで仕事をしていたという。この会社では、先輩から後輩に対する暴力が「日常化」していたのだ。

上司は「殴られるのも仕事の一つ」と居直る

ここまで読んで、疑問を持たれた方がいるかもしれない。若手社員たちは、暴力を会社に相談しなかったのだろうか? こうした暴力が社内で問題になることはなかったのだろうか?

実は、この先輩たちの上司は、暴力を事実上容認していた。若手が先輩に殴られているところを見ても、「見なかったことにする」と言い放ち、それどころか「若手は殴られるのも仕事の一つだ。俺らのときは自ら進んで、先輩が殴りやすいように頰を差し出したもんだ。気配りが足りてないんじゃないのか」と居直る始末だった。

冒頭の先輩も、「●●(上司の名前)さんは、自分が俺たちを殴ってたんだから、俺らに文句なんて言えるはずがない」と自己正当化していた。

のちにAさんが行った団体交渉の場でも、この上司は「暴力があることは知っていたが、ある程度は仕方ないかなと思っていた」と発言している。