優しかった先輩も出世すると豹変した

社内でチームリーダーに選ばれるのは、「真面目な」者が優先された。そのためAさんは、暴力も受け入れる「真面目な」社員として振る舞っていた。

ただ、同期だけの飲み会では、暴力やハラスメントを受けた話をして、お互いを慰め合っていた。「この会社、本当に何なんですか。暴力でしか人を扱えないんですか」「暴力振るうとか最悪だよな」とも吐露していた。

そして、この飲み会では、「ああはならないぞ」という決意を、みんなで確かめ合っていたという。実際、暴力を振るわず、仕事もできるチームリーダーもおり、若手たちの憧れの対象となっていた。

とはいえ、ほとんどのチームリーダーが、ハラスメントと無縁ではなかった。暴力はなくても、つい1年前まで優しかった先輩が、リーダーの立場に身を置いた途端に、後輩に対してハラスメントといえる扱いを始めたこともあった。Aさんの脳裏には、この業界で出世していくと、人間性が変わってしまい、ハラスメントの加害者になることは避けて通れないのかという諦念すら浮かんでいた。

引きこもりから回復し、異常性に気づく

Aさんは、数年の勤務の後、この業界への夢をあきらめ、退職することにした。Aさんが退職する際の送別会で上司は、「おまえは苦しいことから逃げるのか。この先、どこへ行っても逃げ続けるんだ。死んじまえ」と同僚たちの前で言い放った。Aさんの退職が、残った社員たちへの見せしめとして、最後まで「利用」されたのだ。

この言葉がダメ押しとなって、Aさんは退職後に精神疾患になり、その後1年以上も、一人で家に「引きこもり」状態になった。

精神状態がやや回復して、インターネットで調べるうちに、ようやく労働環境が異常だったことに気づいたという。そして、たどり着いたのが筆者たちのNPO法人POSSEだった。

話を聞くビジネスマン
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Aさんと最初に面談したのは筆者だった。最初に会った日、Aさんは長時間労働の実態を絞り出すように話しながら、どこまで声を上げるかについてはまだ思い悩んでいる様子だった。筆者は、そうした職場の問題にAさんたちの責任は全くないこと、問われるべきは会社であり、その責任を追及することで会社に改善を求められることなどを説明した。

また、もしハラスメントの被害を受けていたら、それについても会社の責任を追及できると説明したが、Aさんはその点に関しては黙って相槌を打つだけだった。