工場長であり設計課長でありCEOでもある

世間にはハードワークだけの社長は多くいるし、長時間労働のブラック企業の話も残念だがよく聞く。

しかし、イーロンは単に長時間労働をしているのではなく、マルチタスクで対応している。それも似たような二つの仕事を並行してこなすのではなく、両極にある二つの“物差し”で物事を捉え、実行に移している点が他の経営者と大きく異なる。

例えば、地上のクルマをすべてEVに置き換える(約1億台)とイーロンは壮大な目標を掲げ、出資者から巨額の資金を集めながら、その一方で、テスラ車の出荷がもたつけば、製造現場に飛び込んで泥臭い問題の解決にあたり、EV設計の材質や寸法にまで口を出していた。

モデル S テスラ電気自動車の充電ステーション
写真=iStock.com/Sjo
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価格が7万5千ドルを超える高級EVセダン「モデルS」で採用した17インチタッチパネルは、イーロンがデザイナーと共に試作車にノートPCを持ち込み、細部にわたって議論して決めたものだった。まだアップルのiPadが登場する以前のことだ。また、インバーターから出る微かな音を気にして設計変更を命じたこともあった。

しかし、こんなことはこれまでの経営者は決してやらなかった。というより、できなかったのだ。

ビジネススクールの教えに従えば、製造現場のことは工場長に任かせ、設計のことは設計課長に任せる。社長は、銀行や取引先との交渉など大きな仕事をやる。それが役割分担だ。

社長に、「製造ラインの歩留まりが低くて困ってます」などと直訴する製造担当者はいなかったし、もしそんなことをすれば、「社長のワシにそんな細かいことを言ってくるな!」と一括されるのが関の山だ。

“二つの物差し”を兼ね備えている

仕事の役割を分担するには分けがある。人の思考回路にはそれぞれ“物差し“があるからだ。

大きな物差しが必要な仕事をやっていると、小さな物差しの仕事はわからなくなる。逆に、小さな物差しの仕事をやっている人は、大きな物差しの仕事は理解できないものだ。

例えば、電子部品の技術者はミクロンメートル単位で設計を考えるが、山間部のダムの建設技術者はその100万倍のメートル単位で図面を描く。その結果、電子部品の技術者に巨大なダムを設計させても上手くいかない。思考の物差しの大きさが全く違うからだ。

ところがイーロンは「大きな物差し」と「小さな物差し」の両方を兼ね備えている。

5000億円規模の巨大電池工場「ギガファクトリー」建設を進めながら、テスラ車のドアノブに関してはミクロン単位の設計値に技術者と議論を戦わせることができるのも、こうした両極にある2つの物差しで問題を捉え、実行に移す能力故のことだ。しかし、常識では、“あり得ない働き方”であった。