解剖の呼び名と予算の流れが変わっただけの新法

しかし、である。

岩瀬はこの2法についてこう嘆く。

「委員として同意もしてないのに時間切れを理由に同意したことになって、あの2法ができたんです。最も大事な部分で、法医学側の意見は聞き入れてもらえなかった。びっくりですよ」

岩瀬や法医学会は、新しい法律を議論するにあたり、新しい解剖制度を作る以前に、死因究明を専門的に行う機関として死因究明医療センターという海外の法医学研究所にあたるものを設立すべきであると主張していた。

だが国は、それは難しいと判断し、新しい解剖制度は設けるが、専門機関については死因究明等推進法の中で、体制整備を「推進する」という言葉を盛り込むだけでお茶を濁した。死因究明等推進法は、死因究明の基本的な考え方を示すだけの理念法にとどまっている。

もう一つの死因・身元調査法は、制度を実際に変える実施法として翌2013年に施行されたが、法医学の現場を混乱させた。なぜなら、人員と設備の整備もせずにこれまでになかった新しい解剖制度、いわゆる、「調査法解剖」を新設したからだ。調査法解剖は、新法解剖とも呼ばれている。

改めておさらいすると、異状死体が発見されたとき、犯罪の可能性が高い、または犯罪の疑いがあるときには司法解剖が行われる。これには裁判所の令状が必要だが、遺族の承諾は必要ない。

犯罪性はないが、公衆衛生上必要な死因究明を目的とする場合は行政解剖が行われる。この解剖は、監察医制度のある地域では遺族の承諾なく実施できるが、監察医制度のない地域では遺族の承諾のもとに実施される。

ただ問題は、日本では解剖を歓迎しない文化が昔からあり、遺族の承諾を取れないケースが少なくないことだ。そうなると犯罪が埋もれてしまうケースも出てくる。そこで新たな解剖制度として、調査法解剖(新法解剖)が加わったのである。この解剖は、犯罪性はないが、主に死因究明や身元を明らかにするために行われるもので、警察署長の権限で遺族の承諾もなく行うことができる。

行政解剖は公衆衛生目的なので自治体が所管しているが、司法解剖と新法解剖は予算も含めて警察庁が担う。

だが、専門機関ができないままで新しい解剖制度ができても、呼び名と予算の流れが変わるだけに過ぎなかった。蓋を開けてみると、警察が担当する解剖が一つ増えただけだったのだという。