40万円かかる司法解剖に12万円しかしはらわない警察庁

しかも、調査法解剖は、新たな弊害を生んでしまっている。

この法律を作るにあたり、当時、警察庁の金高雅仁・刑事局長が、神奈川県のある解剖医のところに視察に行った。

神奈川県は日本で他の追随を許さないほど極端に多くの解剖を行っている地域だからだ。神奈川県では1人の解剖医が信じられないほどの解剖数をこなしているのである。神奈川県のやり方は、法医解剖で本来必要とされる、写真や血液、臓器の保管を含めた証拠保全の面や客観性の面などから医学界では長く物議を醸している。

ところが、刑事局長は、そこで大量に実施されている解剖の手際にいたく感心したようだ。10万円程度で短時間に大量の解剖を請け負っているそのやり方を基準にして、調査法解剖を行うよう指示したという。

「死因・身元調査法が施行になってから、われわれ大学に警察庁が12万円ほどの安い値段で解剖(調査法解剖)を依頼してくるようになったんです」

そう岩瀬は言う。

すでに述べたとおり、きちんと司法解剖をするには40万円ほどは必要になる。

「どうしたら12万円で、適切な死因究明ができるのか」

山田敏弘『死体格差』(新潮社)
山田敏弘『死体格差』(新潮社)

これは千葉県だけではない。日本中、多くの県が同じように、12万円ほどでやっているのが現状だ。ちなみに、調査法解剖では、県によってはそれにいくらか値段を上積みしているところもある。例えば、岩瀬のいる千葉県では、千葉県警の努力によって、なんとか30万円になるよう足りない分を県が支払っているのが実態だ。それでも完全な司法解剖はできないのだが。

岩瀬の失望は大きい。

「せっかくできた法律です。当初はなにか期待感はあったが、もうほとんどなくなってしまいました。残念ですが」

2012年にできた理念法の死因究明等推進法は時限立法だったために、2014年に失効した。その後、政策秘書だった石原は、岩瀬のいる千葉大学に籍を置き、政治から死因究明制度を改善できるよう働きかけを続けている。

そして2019年には、死因究明等推進計画が閣議決定され、新たに「死因究明等推進基本法」が成立した。同法は2020年4月に施行。ただこれも理念法に過ぎず、何か実効性があるものではないとの評がもっぱらである。この先も状況の改善を期待できるような動きは、いまのところ、ない。

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