広告トラックはテレビに映ることも目的
アドトラは歩行者に向けた宣伝を目的としていますが、その一方でテレビ画面に露出することも目指しています。テレビ局は街頭に複数のカメラを設置していて、ニュース番組、天気予報の前後に、街の様子を数秒だけ流すということをくり返しています。その映像にアドトラに展示されている広告が映りこむようにすると、宣伝効果が一気に上がるというわけです。
もっとも評価が高かったのは、かつて昼の長寿番組として有名だったフジテレビ『笑っていいとも!』。オープニングの数秒前、新宿のスタジオアルタの前に陣取ったファンの姿が画面に流れる。同時に背景の交差点も画面に映りこむ。ちょうどそこにアドトラを停車させると、展示された広告も視聴者の目にとびこんでくる。一瞬にして全国にテレビ広告をうったような効果があるというわけです。
ドライバーはそれを狙って走るのですが、基準になるのはアルタ前にある信号の3つ東側にあたる新宿三丁目交差点です。そこを通過する、まさにそのタイミングが重要になってきます。アドトラのドライバーによると、右折を示す矢印信号が消える直前に明治通りを右折して新宿通りに入ると、渋滞などないかぎりアルタ前に停車できる確率がきわめて高く、絶好のタイミングで新宿三丁目の交差点に入るように、できるかぎり事前にスピード調整するといいます。
渋谷の交差点がアドトラの出没率が高いのも、やはりテレビへの露出機会が多いというのが理由です。渋谷のスクランブル交差点はテレビ画面でもっともよく見かける街角風景ですから、当然でしょう。さらにここは流行に敏感な若者が好むエリアですから、彼らをターゲットにした広告は、この街を中心に走行するわけです。
一見、行き当たりばったりに走っているように見えるアドトラも、ビル壁面の広告ディスプレーがプログラムにそった上映を行っているように、街頭にきわめて規則的な秩序を与えているのです。街角のこうした視覚的、聴覚的なお膳立ては、まるで映画のセットのように計算された風景を作りだします。そこに人々の秩序だった「集団歩行」が加わり祭りとなる。渋谷スクランブル交差点の祭り化のキーワードは「秩序」です。
だから、祭りを見にくる人の期待を裏切ることはない。秩序だった祭り空間は、いつそこを訪れても人々が期待する風景を見せてくれます。
渋谷スクランブル交差点の祭りの特徴は、それを遠見から撮影しネットにアップするいわば祭りの観客が、みずからその被写体となるべく通りを渡る歩行者になるということです。祭りの出演者と観客とが渾然一体となっている。これこそスマホ時代の祭りといえるでしょう。