体制崩壊、武装難民の漂着・流入等の事態もあり得た

——金前総書記の死去も極めてデリケートな問題であり、先代のときと同様の緊張感を持って受け止めたということですね。

北村滋『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(中央公論新社)
北村滋『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(中央公論新社)

そうです。金前総書記の死去を巡る国内の情報伝達の経緯については、内閣情報官着任後、私なりに検証しました。朝鮮中央放送等の官製メディアが開始を繰り上げて午前10時から、正午に「特別放送」をすると3回も予告し、テレビ放送の背景やトーンも明らかに暗かった。それまでに北朝鮮で「特別」を冠した放送は1972年の南北共同宣言、94年の金日成死去、2000年の南北首脳会談開催決定――の3回です。この公開情報から、最高指導者の死亡も強く想定し得たと思います。

——しかし、野田元総理は午後0時10分から予定されていた遊説のため新橋へ向け官邸を後にしてしまった。

正午のNHKニュースが金前総書記の死去を伝えたことで官邸に引き返したのですが、出発するまでに、その情報について「可能性」の段階で当然耳に入れ、備えるべき事象だったと考えます。

こういうとき、安全保障会議とか関係閣僚会議の開催とか、官邸要路で情報共有するなり、政策の確認なり、構えがあっても良かった。可能性としては体制崩壊、武装難民の漂着・流入等の事態もあり得るわけですから。

——一定の情報があって、分析もなされ、死去の可能性も想定できたが、公式の死亡発表前に国家の体制を組めなかった。

少なくともそう見られる余地を残しました。この事例に思ったのは、政策決定者に対する情報伝達の在り方です。

——国家安全保障に関する情報を得たとき、それを直接、強く政策決定者に打ち込むことの必要性ですね。

金前総書記死亡を巡る情報伝達問題の核心はそこです。この事件の直後に内閣情報官に就任するのですが、心に刻みました。

(聞き手=中央公論新社編集部)
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