日本の技術が軍事目的で海外に狙われることがある。これまで何を奪われてきたのか。警察官部として不正輸出事件の摘発をしてきた、元国家安全保障局長の北村滋さんが振り返る――。

※本稿は、北村滋『情報と国家 憲政史上最長の政権を支えたインテリジェンスの原点』(中央公論新社)の一部を再編集したものです。

2006年1月23日、静岡県磐田市のヤマハ発動機本社に家宅捜索に入る静岡、福岡両県警の捜査員と名古屋税関の係官。
写真=時事通信フォト
2006年1月23日、静岡県磐田市のヤマハ発動機本社に家宅捜索に入る静岡、福岡両県警の捜査員と名古屋税関の係官。

ロシア・スパイが奪っていった経済の「武器」

――警察幹部として、不正輸出事件の摘発を通し、ある面で経済安全保障の最前線にいたわけですが、我が国はこれまでに何を奪われてきたのでしょう。

結果的に見ると、例えばロシアは20年以上前からGRU(※1)もSVR(※2)も基本的に我が国の技術情報の入手に完全に特化していた。私が警察庁外事課長当時に、いずれも警視庁が摘発した事件でロシア・スパイに持って行かれた東芝のパワー半導体やニコンの光学素子は、いずれも武器転用可能で、いわゆるデュアルユース品として高い能力を持っていました。光学素子等は地対地ミサイルにも使える。それから、現在はITT(Intangible Technology Transfer)と言われていますが、技術的知見を有する人(従業員)が相手方に獲得されてしまうとかなり大変だとは思いましたね。

※1 ロシア連邦軍参謀本部情報総局。
※2 ロシア対外情報庁。

――例えば内部システムに通じた人が獲得されると技術情報だけではなく、社内の機密事項の決裁フローとか内部統制のシステムに関する情報が抜ける恐れもありますね。

実際ロシアのスパイは、ロシアがほしい技術を持っている企業について、社内ネットワークシステムにも非常に関心があったんです。人的なソースから秘密を聞き出して、サイバーアタックに繋げようということかなとも思いました。

利潤最優先主義につけ込まれた「無人ヘリ不正輸出事件」

――我が国のデュアルユース品は、中国の人民解放軍もずいぶん前から熱心に食指を伸ばしていましたね。ヤマハ発動機による無人ヘリ不正輸出事件は、中国が日本企業の利潤最優先主義につけ込んだ事件でした。

端緒は2005年4月、ヤマハ発動機と中国企業を仲介していた中国人2人を福岡県警が不法就労助長で摘発した際、関係先から無人ヘリ輸出に関する資料が押収されたことでした。無人ヘリコプターは生物・化学兵器の散布や偵察等の軍事作戦にほぼそのまま使える。外為法で経産大臣の許可が義務づけられています。

――ヤマハ発動機側は申告を偽っていた。

自律航行性があるのに「ない」などと偽っていましたね。流石に、福岡県警単独では足場が悪いので、静岡県警との合同捜査にしました。当時は警察庁の警備局でともに勤務した原山進氏が福岡県警の、清全氏が静岡県警のそれぞれ警備部長をされていたこともあり、合同捜査は順調に進みました。

――実際よりも性能が劣ったように見せかけ、法の目をかいくぐって不正に輸出するスペックダウンの手口ですね。

輸出先のBVEという会社は人民解放軍用の写真を撮るための企業だった。BVEは当時、戦略ミサイル製造の国営企業、中国航天科技集団等とも関係があるともいわれていた。現在ではドローン等でお手の物でしょうが当時は自律航行技術というものが確立していなかったはずです。