核兵器や弾道ミサイルの製造に直結するものも流出

――当時印象的だったのは、関わった人や企業の刑罰が極めて軽いという現実でした。

被告側の防御活動が捜査段階を含めてかなり強かった。それもあって最終的に会社は罰金、本人は起訴猶予で終わったんです。

――不正輸出事件では核兵器や弾道ミサイルの製造に直結するものも流出していますね。当時、経済安保の取組はいかがでしたか。

あれは、リビアで精密測定器メーカー、ミツトヨの三次元測定機が発見されたことが端緒でした。シンガポールを中心に出回っているという話があって、部下の職員を出張させて直接、情報収集しました。これは極精密機器を作るときに重要でヤマハ発動機のときと同じく、輸出に当たり性能を偽り、スペックダウンしていた。しかも、これには裏があって、本体にソフトウエアが付いているわけ。それを入れ直すと、元のハイスペックに戻る。

シンガポールの象徴的な噴水、マーライオン
写真=iStock.com/ben-bryant
※写真はイメージです

――随分手の込んだことをしますね。

でもこれが動かぬ証拠になりました。警視庁が当時の社長、副社長、常務に取締役らの計5人を逮捕しました。起訴事実では数件でしたが、千の単位で輸出がされていて、非常に驚きました。かなり根の深い話でした。

政策決定者にとって「面白くない話」も上げてきた

――本書の主要なメッセージの一つに「情報と政策の分離」がありますね。どのような意味を込めたのですか。

これは、多数が求め支持する一定の結論にとらわれて情報の扱いを誤ることがあってはならないという警句です。本文に引用しましたが、既に亡くなって、親友でもあった軍事評論家の江畑謙介さんは、その誤りの典型例として、米国による「イラクの大量破壊兵器に関する情報」の取扱いを挙げています。

私も、国家のインテリジェンスに携わる者として常に戒めとしていくべきは、イラク攻撃に至った経緯だと思っています。

――あの経緯は衝撃的でした。米ロサンゼルスタイムズの記者だったボブ・ドローギンは、それについて書いた著書『カーブボール』で米国情報活動史上「最悪の大失態の一つ」と評しています。CIAは、イラク攻撃を正当化するために、サダム・フセイン失脚を狙ったイラク人科学者がねつ造した情報を、信頼性が低いと知っていたにもかかわらず政権に報告。当時のコリン・パウエル国務長官が2003年2月の国連安全保障理事会で報告してもいます。

私は、政策決定者にとっては面白くない話も上げることにしてきました。政策の方向性と違う事象が発生することもあるわけですが、政策と情報の分離は決定的に重要です。この政策を推進しているから、この情報は邪魔だから、伝えるのをやめておこうというのは、よろしいことじゃない。不都合な真実も踏まえてどういう政策を採るか、判断してもらわなければいけないと思います。