人事部が狙う本丸は「退職金制度」の見直しだ

こうした終身雇用の基盤がなくなっていく流れに対しては賛否があるだろうが、結局のところ、日本の経済状況を見るに、多くの人が仕方ないことだと受け入れざるをえないだろう。

ただし、百歩譲って教育体系や賃金制度が変わるのはよいとしても退職金制度がなくなるとしたらどうか。

実は、終身雇用の最後の砦ともいうべき「退職金」見直しの議論がコロナ禍で加速している。一般的な退職金は、退職時基本給×支給率(勤続年数)で決まる。勤続年数こそが鍵となる、まさに終身雇用を支える制度といってもよい。

封筒に入った100万円
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なぜ、見直す必要があるのか。大手精密機器メーカーの人事担当者はこう語る。

「社員の経験や能力を評価し、昇給額が毎年積み上がっていく給与体系を、最近になって、与えられた職務をこなせるかどうかで給与を決定する職務給制度に新たに変更しました。職責を果たせなければ給与も上がらなければ昇格もしない。つまり、じっと経験を積めば上に上がり、長く定年まで働いてくださいという仕組みではなくなった。そうした考え方を前提に考えると、過去の実績や勤続年数で積み上がっていく今の退職金制度のあり方とはどうしても矛盾が生じる。賃金制度改革の次は退職金の見直しに着手していく予定です」

この会社の考え方は、企業が必要とする職務に人を配置し、年齢や勤続年数を排除し、職務内容が変わらなければ給与も上がらないという、近年増加しているジョブ型雇用にも通じる。ジョブ型雇用と、勤続年数重視の退職金とは明らかに矛盾する。

人材の流動化が進むと終身雇用を前提とした賃金体系の意味がなくなる

一方、製薬会社の人事担当者は人材獲得の観点から退職金見直しの動きをこう語る。

「デジタル技術など企業にとっては今後さらに、その時々に必要な有能な人材をいかに集められるかが重要になってきます。人材獲得競争が激しくなれば報酬水準が高騰し、結果として報酬格差がより一層拡大することになります。人材の流動化が進むと終身雇用を前提とした賃金体系の意味がなくなり、報酬形態も個人ごとに異なる年俸制などが主流になるだろうし、退職金制度のあり方も見直す必要があるでしょう」

現行の退職金制度は転職者に不利な仕組みになっている。基本的に、勤続3年以上勤務しなければもらう権利が発生せず、権利が発生しても勤続年数が短ければ減額される設計になっている。優秀な専門人材を獲得したい企業にとって逆に制度自体が足かせとなりかねない。

しかし、退職金の意義が揺らぎつつあるとはいっても、賃金や教育制度とは違い、退職金は社員の老後の生活を支える貴重な資金でもある。政府も公的年金だけで老後の生活を支えるのは難しいと認識しており、その補完として期待しているのが定年後の退職金だ。多くの中高年の老後設計は退職金なしに語ることはできない。