「麻縄で縛りつけました。そうしないと、こっちがもたなかった……」

これ以降、トイレ介助や入浴介助は、母親と交代、または共同で行うことになった。

祖母は、4年ほど前から紙オムツをしている。にもかかわらず、深夜や早朝でもお構いなしに、頻繁にトイレに行きたがった。

「祖母が朝5時すぎに起きて『トイレに行く』というのですが、母曰く2時間前ぐらいにも行っているらしく、トイレに連れて行くけど、結局出ないで終わるのです。だから母は、『まだ大丈夫だから寝てて』と言うのですが、祖母は聞かずに『トイレに行く!』と言い張る。夜中のトイレ介助で睡眠不足からイライラしている母は、毎回朝から祖母と口喧嘩をくり広げ、私はその声に起こされていました」

歩行器を使わないと歩けない祖母は、それでも「自分はまだしっかりしている」と思い込んでおり、勝手に動き回ろうとするため、湖西さんも母親も手を焼いた。

「次、また骨折や大怪我などしようものなら確実に寝たきりになってしまいます。それを避けるため、私と母は、祖母がデイサービスから帰ってきたら椅子に座らせ、勝手に立ち上がって動き回ろうとしないように麻縄で縛りつけていました。おそらく、『非人道的だ』と思う方が大半だと思いますが、わが家ではそうせざるを得ないところまでいきました。そうでもしないと、こっちがもたなかったのです……」

縛る
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人生を変えたコロナ禍

2020年、91歳になった祖母は、要介護4と認定。祖母は時々、母親と湖西さんの名前を間違えるようになっていた。

祖母を介護しながら地元関西の大学に合格した湖西さんは、将来、海外の大学院に進み、国際関係論の修士号を取得し、それを活かせる職業に就きたいという目標がある。そのため、湖西さんは大学2年の頃から留学を計画していた。

母親に相談すると、「行ってもいいけど、私も一緒に行く」という。

「私は最初、アメリカのコミニュティカレッジ(日本でいう短大相当)に入って、そこで一年勉強して、アメリカの公立大に編入するつもりでした。コミニュティカレッジは奨学金が使えないので、その分は母に負担してもらい、編入後は自分で奨学金を借りて通う予定でしたが、母は私を諦めさせるために『一緒に行く』などと言ったのだと思いました」

母親は、自分を残し、介護から逃れようとしている息子が許せなかったのかもしれない。それでも湖西さんは何とか母親を説得し、2020年に留学するため、大学を休学。

ところが、2019年末からの新型コロナウイルス感染症の世界的流行のため、留学は断念せざるを得ない状況に陥る。湖西さんは泣く泣く10月に復学した。

留学していれば、おのずと祖母の介護からは解放されていたわけだが、留学も祖母の介護からの解放もかなわなかった。湖西さんの貴重な時間が生贄になったも同然だ。