4歳上の夫の定年退職を契機に、東北地方に住む義父母との同居を始めた都会育ちの60代女性。慣れない田舎暮らしで待ち受けていたのは怒涛の介護。要介護1の義父は骨折して入院。要支援1の義母は尿意を感じにくく、リハビリパンツが欠かせない。だが、節約と称してはかないことも多く、廊下に尿がポタポタ落ちていることは日常茶飯事だ――。
暗い部屋
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この連載では、「ダブルケア」の事例を紹介していく。「ダブルケア」とは、子育てと介護が同時期に発生する状態をいう。子育てはその両親、介護はその親族が行うのが一般的だが、両方の負担がたった1人に集中していることが少なくない。そのたった1人の生活は、肉体的にも精神的にも過酷だ。しかもそれは、誰にでも起こり得ることである。

 

今回のケースは、義両親と夫、そして一時的に娘と孫の複合的ケアを背負うこととなった女性の事例だ。取材事例を通じて、複合的ケアに備える方法や、乗り越えるヒントを探っていきたい。

「定年退職したら田舎に戻る」夫の実家で義父母と同居した嫁

東北地方在住の知多清美さん(仮名・現在60代・既婚)は、関東の都心部生まれ都心部育ち。20代の頃、職場で夫と出会い、結婚。やがて女の子が生まれ、忙しいながらも幸せに暮らしていた。

4歳上の知多さんの夫は、東北地方の田舎育ち。大学進学のために関東に出てきて以来、就職先も関東に決まり、現役時代は国内外数箇所に転勤したこともあった。

長男である知多さんの夫の下には長弟、妹、末弟がおり、いずれも結婚して実家を出ている。弟たちは、実家から車で10分ほど、妹は車で30分ほどのところに住んでいた。知多さんの夫は高齢になった両親が心配だったが、弟や妹が時々様子を見に行ってくれていたので、定年まで安心して関東で暮らすことができた。

「家は長男が継ぐもの」という昔からの考えが根付いている地域で育った夫は、若い頃から「定年退職したら田舎に戻る」とよく口にしていた。

定年が間近に迫った2011年。知多さんが夫に「古い家での同居は嫌」と言うと、夫は、妻も田舎に来て、自分の両親と同居してくれるとは考えていなかったようで、「一緒に来てくれるなら、俺や両親の要望だけ取り入れてくれれば、あとは好きに決めていいよ」と家づくりを任せてくれた。

夫の希望は「平屋」。当時88歳の義父は、「玄関と風呂は鬼門を避ける」「和室を二間続きに」。85歳の義母は、「ベッドで眠りたいから寝室は洋室に」。

知多さんはパソコンで間取り図を作成し、設計士さんに相談や注文をした。

「義両親と同居という不安はありましたが、間取りを考えている間は夢が広がり、楽しい時間を過ごせましたし、納得のいく家ができたと思います」

知多さん夫婦の1人娘は看護師になり、結婚して夫と関東で暮らしている。知多さんが「お父さんの実家に引っ越すわ」と話すと、娘は「大丈夫?」と心配そうに言った。

「内心は『一緒に行かないほうがいい』と思っていたようですが、そのときは口には出さなかったそうです。子どもの頃から聞かされていたし、『どうせ反対しても行くだろう』と思ったのでしょう」