グレアムは言う。「これらの(新しいワクチンによって作られた)抗体は、それまでの100~1000倍も強力だった」

2人は13年に、この新しいワクチン開発技術についての論文を発表。個々のウイルスに合わせた抗体のレシピを作り、大量生産可能なワクチンの開発につなげるという、新時代の幕開けを告げる論文だった。このRSウイルスワクチンは昨年後半に第3相の臨床試験が始まり、来年には結果が出る見込みだ。

ところでこの論文が世に出た頃には既に、グレアムとマクレラン、そして2人と協力して研究を行っている人々は将来のパンデミックに備え、ワクチン開発手法の改良に着手していた。

12年にアラビア半島でMERSが発生した際も、2人は新しい技術を使ってMERSウイルスのスパイクタンパク質を標的にしたワクチンを開発。臨床試験の開始前にMERSの流行が終息したため、このワクチンは承認を受けるには至らなかったが、その後、新型コロナウイルス用のワクチン開発の基礎となった。

プロトタイプ開発への弾みに期待

MERS流行の後、グレアムは未来のパンデミックから人々を守る「武器」の備蓄計画について、上司である米国立アレルギー・感染症研究所のアンソニー・ファウチ所長に提案を行った。19年夏にグレアムが発表した論文によれば、その内容は病原性のウイルスを26の科からそれぞれ代表的なものを少なくとも1つ選び、ワクチンのプロトタイプ(原型)を作っておくとともに、ワクチン製造に必要な原料を備蓄するというものだった。

そして論文が出た時点で既に、グレアムとモデルナはコロナウイルスのプロトタイプワクチンの開発可能性を示すための共同作業に着手していた。

そこに起きたのがコロナ禍だ。昨年1月に中国の専門家が新型コロナウイルスのゲノム(全遺伝情報)を発表すると、マクレランとグレアムはすぐにMERSワクチンの開発プランを引っ張り出し、スパイクタンパク質の変形を止める遺伝子への指令を参照。同様のものを組み込んだ新型コロナウイルス用のワクチンを作り、モデルナなどの製薬会社に送った。

「アメリカで初の症例が出る前から、こうした作業に取り掛かっていた」とグレアムは言う。

グレアムは新型コロナワクチンの成功により、将来のパンデミックから人類を守るプロトタイプワクチンの開発に向けた、組織の垣根を越えた開発努力に弾みがつくのではと期待している。一方で、今の新型コロナウイルスの変異に追い付くための戦いや、全く新しい病原性コロナウイルスに備えるための努力も続けられている。