創業家の求心力が危うくなっている
別の見方から考えると、常に成長が目指される経営風土の中で、各従業員は自らの本業に集中しなければならず、組合活動に時間を割くゆとりはなくなる。また、労働組合活動を行うよりも、創業家出身トップの指示に従って着実に業務をこなしたほうが、より良い給料を手に入れられるという見方もあっただろう。
いずれにせよ重要なことは、サムスン電子などが従業員の不満を抑えつつ、組織を一つに強固にまとめて個々人の集中力を引き出す事業体制を確立し、強化したことだ。それによってサムスングループはグループ全体として本格的な労使の対立や労働争議を回避してきたと考えられる。
しかし、2019年にはサムスン電子で韓国労働組合総連盟(韓国における労組のナショナルセンターの一つ)に加盟する労働組合が発足した。2020年5月に李在鎔(イ・ジェヨン)副会長が世襲経営に加え無労組経営に終止符を打つと表明した背景には、労使の対立を避けて協調を目指す意図があっただろう。
そうした経緯を踏まえると、一つの見方としてサムスン・ディスプレイでのストライキ発生は、創業者出身トップの求心力の綻びの兆候と解釈できる。
なぜ組合はストライキに踏み切ったのか
現在、ジェヨン副会長は収監されており、財閥全体の利害調整は容易ではない。収監によって財閥の統率および指揮は停滞し、サムスン電子がファウンドリー事業を強化するなどして成長を目指すことができるか否かも見通しづらい。その状況下、一部の組合員が先行きを不安視し、ストライキが起きた可能性がある。創業家の求心力、統率力を軸に成長してきたサムスングループは大きな曲がり角を迎えつつあるといえる。
それに加えて、外的な影響もあるだろう。その一つが文大統領の経済政策だ。文氏は最低賃金の大幅な引き上げや時短労働の導入など、労働組合を重視した政策を進めた。その結果、労働争議は激化した。その状況を行動経済学の理論にある“バンドワゴン効果”で考えてみよう。バンドワゴン効果とは、街をパレードするバンドワゴン(楽隊車)のにぎやかな雰囲気につられて多くの人がワゴンについていく心の働きを言う。