これまで労働争議と距離を置いてきたが…
近年、韓国の自動車産業で労使対立が鮮明だ。賃上げなどを声高に求める現代自動車やルノーサムスン自動車などの労働組合は、バンドワゴンになぞらえられる。その姿に感化されるようにして労働争議と距離をとってきたサムスン・ディスプレイの労働組合は、ストライキは待遇改善を求める有効かつ重要な手段との考えに傾斜した可能性がある。
それが韓国経済に与えるインパクトは大きいだろう。朝鮮動乱の後、韓国政府はわが国からの資金および技術支援を取りつけ、それをサムスン電子などの財閥系企業に定着させることを重視した。それが、1960年代後半以降の“漢江の奇跡”と呼ばれる高い経済成長を支えた。
1997年に発生したアジア通貨危機の後は大宇財閥などが解体され、一部事業が海外企業などに買収された。米GMは中国への輸出拠点として、また5000万人規模の人口がもたらす需要に着目して大宇の自動車事業を買収した。
しかし、ここにきてGM幹部からも労働争議を繰り返す労組への不信感が示されている。韓国経済を支えてきたサムスングループ内でのストライキ発生もあり、成長基盤には不安定化の兆しが出始めていると解釈できる。
クーパン創業者が海外事業に舵を切った意味
一部の報道では、サムスングループ内ではストライキが他のグループ企業に波及しないか警戒感が高まっているようだ。ということは、今後、労使の対立が先鋭化し、事業運営に支障が生じるのではないかと身構える企業経営者は増えつつあるとみて問題ないだろう。今すぐ韓国において労働争議が激化し事業運営に深刻な影響が出る展開は想定しづらいが、中長期的な時間軸で考えると徐々に労使対立が熱を帯びる可能性は排除できない。
そうした展開を警戒する企業家は増えていると考えられる。クーパンを創業したキム・ボムソク氏は韓国事業のすべての役職を辞し、海外事業の運営に注力する。同社が韓国事業で収益を得ていることを踏まえると、キム氏の危機感はかなり強いようだ。その危機感は、既存の経営資源を海外事業に再配分して韓国事業のウェイトを引き下げなければ、労使対立などによって環境変化への適応が難しくなるという、ある種の強迫観念と言ってもよいだろう。
そうした心理がクーパンの日本進出に与えた影響は小さくないはずだ。経済のデジタル化に遅れるわが国での生鮮食品などの高速物流網の確立は、クーパンが海外事業を強化する上で“渡りに船”と映った可能性がある。