服を売る必要はない 「似合う」を売る
退社してからは、百貨店の子ども服売り場でのポップアップショップで販売する機会が増えていった。そんなころ、ある百貨店では、ポップアップの担当とは別の担当長がやってきて、「newRの商品より考え方に興味がある。選び方の提案をお客様にできませんか?」中川さんに尋ねた。そこから、「似合う服選び」の社員研修の仕事も請け負うようになった。
しかし、たくさんの客と接していくと、骨格やカラー診断上は「似合う」はずなのに、なぜかnewRの服では似合わない人が出てきてしまう。「似合う服」を作って売ることに限界を感じていた。
「自分で服を作らなくても、いま世の中にある『似合う』服を見つけてあげたらいい」
そう気づいたのは、2020年の春だった。コロナ禍でファッション産業が打撃を受け、環境に左右されないサービスを作りたいと考えていたこともあり、完全オンラインの「newRパーソナル分析」というサービスを立ち上げた。
骨格診断やパーソナルカラー診断で、「あなたに似合うのはこれ」と提案するのではなく、本人が登録した画像を中川さんが分析し、その人の持つイメージを「誠実」「優しさ」「正統派」など具体的に言語化し、服であれば素材やシルエット、ウエスト位置、肌の露出具合まで似合う形を提案する。男性であれば、どのくらいのシルエットが似合うのかも、段階的に違いを比較して説明する。
普段着はもちろん、和装やスーツも、似合う形や柄、素材も写真入りで示す。コーディネートでも印象が変わるので、全体のバランスも解説する。
さらに、小物類も細かく分類する。かばんや靴はもちろん、メガネ、マスク、傘、さらには花、グラス、ロゴ、文字のフォント……、そうしたこまごましたものも、「似合う」ものを提案する。
やろうと思えば、どんなものでも「似合う」を提案できる。インテリアや部屋作りなども、今後はパーソナル分析していきたいと考えているようだ。
似合う服を長く着る「サステナブル・ファッション」を提案
ちなみに、夫とのもう一つの「借金はしない」という約束も反故になっている。自己資金を突っ込んで、さらに公的融資も受けている。それでも、「似合う」を売ることをあきらめたくなかった。
newRでワンピースを販売していた頃、「これが欲しい」と言ってくれた友人であっても、似合わないと思ったら、「あなたが似合うのはこれじゃない。絶対売らない」と言い切る徹底ぶりだった。似合わない服はいずれ着なくなる。似合うものを長く着てほしかった。
目標はサステナブルな経営だ。
「今すぐ買う、ではなく、待つという習慣を持ってほしい。『似合う』服が分かれば、きっと待てるようになる。そうすれば、焦って買わなくてもよくなり、アパレルも在庫を抱えず、閑散期に分散し、適量を適時生産することができる」という。サステナブル・ファッションのあり方の一つに、「1着をより長く着る」という考え方がある。より長く着るために「似合っている服」を選ぶということが重要であると考えているわけだ。
将来は、オンライン分析をWeb上でできるSaaSにして、ECにひも付けたり、リユースとつなげていきたいと中川さんは語る。そうした「似合うの循環」を作るのが夢だ。
「感性と言われる部分にも必ずロジカルなところはある。多くの人に、自分に似合うものを使ってほしい」
鮮やかな色彩の中で育ったプログラマは、感性の世界と言われるファッションをロジカルにしていくという難事に挑戦していく。娘を笑顔にした、ファッションの力を信じて。