炭治郎を動かす原動力となった「長男意識」

主人公の竈門炭治郎。真面目で頑固、一本筋が通っている。それで妹や仲間を命がけで守る心優しさもある。非常に魅力的なキャラクターではありますが、言い換えると「たぐい稀な父性キャラ」と言えるのです。

6人兄弟の長男。父の炭十郎は「炭焼き」をしていましたが、病弱のため亡くなりました。父亡きあと、炭治郎は一家の大黒柱として、炭を売って、一家を支えていました。兄弟たちの面倒をみる「長男」であり、実質的に「父親」(家長)の役割を担っていました。

そして、彼は長男としての責任感を背負い、その責任感が彼を動かす原動力になっていました。「俺は長男だから我慢できたけど、次男だったら我慢できなかった」他にも「長男だから」という言葉が、何度も登場します。

長男(家長)としてのプレッシャー、責任感。それは家族を支える責任であり、自らの「父性」を奮い立たせる言葉と言えます。

父性的な面と母性的な面の共存

炭治郎は極めて父性的なキャラクターです。では、炭治郎に母性的な部分がないのかというと、そうでもないのです。

例えば、炭治郎は自分の敵である鬼に対して、時に共感したり、止めをさすのを躊躇するシーンが何度か出てきます。鬼といっても元々は人間なわけで、その人間時代の不遇なエピソードには共感すべき点があるのです。

「裁く」「断ち切る」は父性。「赦す」「受け入れる」のが母性。炭治郎は最終的に鬼を斬るものの、鬼の人間的な部分に共感し、受け入れ、そして赦すのです。つまり、「父性」と「母性」の共存。鬼を斬るという父性的な役割、鬼に残された人間的な部分に共感し受け入れ赦す。あるいは、鬼から市民を守る、鬼に人を絶対に殺させないという「護る」という母性的な役割を同時に背負いながら戦う場面が随所に出てきます。

炭治郎は、「強さ」と「優しさ」の両方を備えた、つまり「父性」と「母性」のバランスが非常によくとれたキャラクター。それが、私たちが炭治郎に魅了される心理学的理由です。

そして、『鬼滅の刃』では、全編にわたって「父性と母性のバランス」というテーマが、何度も何度も繰り返されます。