批評家で哲学者の東浩紀さんが新著『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)を出した。自身の経営する会社「ゲンロン」の10年を振り返る異色の本だ。なぜ東さんは大学教授という職をなげうち、会社経営を続けてきたのか。プロインタビュアーの吉田豪さんが聞いた——。(前編/全2回)
東浩紀さん
撮影=西田香織
批評家で哲学者の東浩紀さん

「これでいいんですか?」って何回も何回も何回も何回も言った

【東】吉田さんの取材は緊張しますね。

——雑談するだけなので大丈夫ですよ! とりあえず今回の本は、ライバルが『鬼滅の刃』ってぐらいに売れてるらしいじゃないですか。

【東】初速は。でも、どれくらい広がってるのかわからないですよ。そもそもゲンロンってなんだってことですからね。『ゲンロン戦記』ってタイトル自体、「これでいいんですか?」って何回も何回も何回も何回も言ったんだけど、「いや、これがいいんだ」ということで。

東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)
東浩紀『ゲンロン戦記』(中公新書ラクレ)

——東さんがゲンロンという会社を作って大変なことになった話だから正解ではあるんですよね。なんでこれを出そうと思ったんですか?

【東】中公さんから企画が来て、「『ゲンロン戦記』って本を出しませんか?」って。これは仮題でそのうち変わるのかと思ってたら変わらないまま最後までいっちゃったっていう感じです。

——最初からそこまで決まってたんですね。

【東】「タイトル『ゲンロン戦記(仮)』ゲンロンの戦いを描く」みたいなことが書いてあって。「へぇーっ、やるならやってもいいですけど売れないと思いますよ」みたいな、最初はそういうスタンス。だけど、たしかにゲンロンを10年やってて、最近入った人は過去に何があったか知らないし、ここで社史をまとめておくのもいいかな、みたいな気持ちもあって。

でも、おもしろおかしいエピソードばっかり追求してもしょうがないから、どうなるのかなって心配してたら、聞き手のノンフィクションライターの石戸諭さんがうまくまとめてくれた。

——ルポ 百田尚樹現象』(小学館)でおなじみの石戸さんが。

【東】彼自身、ぼくと知り合ったのはゲンロンのチェルノブイリツアーに来ていたからなんです。そういう意味で、ちょうどいい聞き手だったと思います。

吉田豪さん
撮影=西田香織
プロインタビュアーの吉田豪さん

「自分はかなりダメなんだ」に気づくまでの10年間

——東さんはボクが接する限り非常に頭のいい人という印象なのが、この本を読むとなんでこんなに迂闊なんだろうって思うんですよ。

【東】ホントそう。恐ろしいですよね、コスト感覚もないし、人にはだまされるし。

——失敗するのはしょうがないんですけど、同じような失敗を繰り返すから、「え、なんでそこ学習してないの?」ってことが多くて。

【東】そうです。そういう人間なんだということに気がつくのに10年かかった(笑)。自分がかなりダメなんだということに。

——社長なりビジネスマン的な要素が決定的に抜け落ちている。

【東】抜け落ちてるし、まず人を管理してないし。かといって人を伸ばすわけでも……ダメなんですよ、人を見る目もないし。