▼齋藤さんからのアドバイス

事例やエピソードの多用には、注意が必要です。事例やエピソードは、本論の説得力を高めるために用いるものであり、じつは事例やエピソードが一つも入っていなくても、ビジネス文書というのは成立するのです。

裏を返すと、事例やエピソードを多用しなければ説得力がない文章は、それだけ本論が脆弱で、考えが練られていないといえます。考えが練られていない文章は間違った意思決定につながり、結果的に相手に損害を与えることになります。事例やエピソードに依存した文章を書く人は、口舌の徒にすぎません。その場しのぎにならないように、まずは揺るぎない本論を立て、効果的な事例を一つ二つ添える程度にしたほうが、本当の意味で説得力を持つはずです。

私の場合、集めた事例やエピソードの約7割をどこかの文章で使っています。無駄が比較的少ないのは、アウトプットを意識しながら情報収集をしているからです。付箋を貼る時点で、「これはあのテーマに使えるかもしれない」と直感的に理解しているわけです。その意味では一つのアウトプットしか意識しないのは非効率です。情報を捉えるための網が小さくなって、使えるはずの事例やエピソードを見逃す心配があります。複数のテーマを同時並行して進めたほうが、役に立つネタを拾いやすくなるでしょう。

事例はおもに雑誌から拾います。インターネットでも収集できるかもしれませんが、総じて雑誌のほうが情報の精度が高く、取材や編集に手をかけてあるので内容も掘り下げられています。気になった記事には付箋を貼ってコピーし、まとめておきます。ある程度の量が集まれば、それがそのままネタ帳になります。

明治大学教授●齋藤 孝


1960年、静岡県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書多数。近著に『坐る力』『1分で大切なことを伝える技術』『若いうちに読みたい太宰治』など。
(村上 敬=構成 相澤 正=撮影)