▼藤原さんからのアドバイス

つまらない事例やエピソードなら、無理をして引用しないほうがいいと思います。せっかくオリジナリティのある本論であっても、陳腐な事例やエピソードが入ると、それにつられて陳腐化します。

それでは、どのような事例やエピソードが魅力的なのか。私が心がけているのは具体性です。たとえば消防士が登場する小説を書くためにインタビューをするとします。そのときも、「なぜ消防士になろうと思ったのか」といった内面的な話は聞きません。そうではなく、消防服を着たときはどのような感じがするのか、ホースの重さはどうかといったディテールに徹底的にこだわります。事例やエピソードは、具体的に書くほどリアリティが出て、読み手に響くのです。

ディテールに読み手が知らない事実が含まれていれば、さらに効果的です。たとえば大工の隠語で柱に小さな傷をつけることを“ケシキをつける”と呼ぶそうですが、そのような知識が入っていれば、読者を惹きつける道具になります。

むしろ問題は、そうした事例やエピソードをどこから引っ張ってくるかでしょう。文献から探す方法もありますが、読み手が知らない情報ほどおもしろいということを考えると、やはり現場で拾ってきた事例やエピソードに軍配が上がります。ビジネス文書でも、新聞に載っている事例より、取引先で聞いてきた話を入れ込んだほうが説得力が増すはずです。

そこでおすすめしたいのが、メモ帳の活用です。最近は仕入れてきた情報をパソコンで管理する人もいますが、あまり感心しません。ファイルで整理すれば必要なときに取り出しやすいと考えがちですが、いったん目に見えないところに保存してしまうと、「あの事例がこの文章で使える」という発想につながりにくくなります。できればメモ帳やノートを使って手書きし、ノートを開くたびに前に書きとめたメモが目に触れるような状況をつくっておくべきでしょう。

作家●藤原智美


1955年、福岡県生まれ。『王を撃て』で小説家デビュー。92年、『運転士』で芥川賞受賞。『「家をつくる」ということ』がベストセラーに。『暴走老人!』『検索バカ』では現代社会の問題の本質を説く。