▼藤原さんからのアドバイス
表現力について考えるとき、まず表現力=ボキャブラリーの豊富さ、という誤った認識を改めるところから始めなくてはいけません。表現力が語彙に比例するなら、類語辞典を引きながら文章を書けばいいはずです。しかし、類語辞典にできるのは機械的な言い換えだけです。
借りてきた言葉でそのまま言い換えても、文章に込める思いを深めたり、自分の思考と文章のズレを修正したりするのは難しい。別の言葉で言い換えれば言い換えるほど、自分の言いたいことからかけ離れていきます。
表現力を高めるには、まず言葉を自分のものにする必要があります。私は若いころ、ある作家の作品を手書きで何度も書き写しました。文章が気に入っていたからですが、結果的にその作家の言葉が血となり肉となり、自分の文章にも違和感なく使えるようになりました。
好きな文章を写すといっても、パソコンのキーボードで入力してしまうと、言葉を自分の血肉にするのは困難です。そこでぜひやっていただきたいのは手書きです。私たちは漢字を度忘れしたとき、宙に指で書きながら思い出そうとします。
これはなぜか。小学生のころ漢字の書き取りを繰り返したおかげで、書き順が身体的な運動として記憶に残されているからです。言葉もこれと同じで、定着させるには手で書くという身体的な運動を経る必要があるのです。
書き写すのは、好きな文章なら何でもいいと思います。たとえばビジネス文書なら、自分がいいと感じた企画書や報告書の文章を、実際に手で書き写してみる。そうすることで、その文書に使われていた表現が身につき、自分のものとして言葉を紡げるようになります。
作家●藤原智美
1955年、福岡県生まれ。『王を撃て』で小説家デビュー。92年、『運転士』で芥川賞受賞。『「家をつくる」ということ』がベストセラーに。『暴走老人!』『検索バカ』では現代社会の問題の本質を説く。
1955年、福岡県生まれ。『王を撃て』で小説家デビュー。92年、『運転士』で芥川賞受賞。『「家をつくる」ということ』がベストセラーに。『暴走老人!』『検索バカ』では現代社会の問題の本質を説く。