▼齋藤さんからのアドバイス

文章を豊かにするボキャブラリーは書き言葉から得るしかありません。話し言葉は刹那的なものです。会話を盛り上げることが得意な人でも、文章になるとうまく表現できなくなるのはそのためです。では、どうすれば表現力豊かな書き言葉を身につけることができるのか。

基本になるのは読書です。自分の価値観や問題意識に合う本を見つけたら、その著者の本を立て続けに読む。読むのは、小説や評論に限らず、ビジネス書でも新書でもいいと思います。特定の著者の本をひたすら読むことで、その著者のボキャブラリーが自分のものになります。

誤解してはならないのは、気に入った言葉を一つ一つ覚えるわけではないという点です。英単語を覚えるように言葉や用法を覚えても、それは知識として理解しただけであり、生きた言葉として自分の文章で使えるようにはなりません。言葉と価値観とはワンセットです。好きな著者の本を何冊も読むことをすすめるのも、著者の考え方や人生観を含めて、まるごと輸入してほしいからです。

そればかりでなく、書き言葉を自分のものにするには、書き言葉で話してみることも大切です。本来、書き言葉と話し言葉は地続きではありません。それを本の内容を書き言葉を使って人に話すことで地続きにするのです。それにより、書き言葉が自分の中に定着して、自在に使いこなせるようになります。

忙しくて読書の時間が取れないという人もいますが、読書をしないビジネスマンは論外です。1日1時間の読書タイムも捻出できないようでは、文章力以前に、仕事力に大きな問題があると言わざるをえません。読書は人生を豊かにするために欠かせないものです。表現力の問題は脇に置いたとしても、本を読む時間は確保すべきでしょう。

明治大学教授●齋藤 孝


1960年、静岡県生まれ。東京大学大学院博士課程修了。専門は教育学、身体論、コミュニケーション技法。著書多数。近著に『坐る力』『1分で大切なことを伝える技術』『若いうちに読みたい太宰治』など。
(村上 敬=構成 相澤 正=撮影)