▼藤原さんからのアドバイス

文章が抽象的だという指摘を受けると、とにかく具体的な事実をたくさん並べればいいと考える人が多いようです。ただ、個別案件についてのビジネス文書でも、ある種の普遍性や汎用性が盛り込まれていないと、広がりがなく読み手にも届かない文章になります。

では、なぜ抽象的だといわれてしまうのでしょうか。それは文章に主張がなく、相手に何を言いたいのかが伝わっていないからです。

主張のない人の文章は、新聞の文章によく似ています。新聞は社説以外、「両論併記」で書かれることが少なくありません。たとえば「景気は今後回復する」と書いた一方で、「厳しい見方もある」と書き添えてバランスを取ります。新聞には両論併記の意義があるとしても、これを普通の文章でやってしまうと、何を言いたいのかがさっぱり見えなくなります。普段、新聞しか読まない人はとくに注意したほうがいいでしょう。

本を乱読する人も、同じ意味で要注意です。フランスの批評家、ポール・ヴァレリーは読書は創造力を弱めるとさえ考えていたようです。私はこの主張を、乱読を続けると枝葉の情報ばかりに詳しくなり、自分の考えの幹ができないという意味に解釈しています。

幹のない人は、たとえ具体論を並べたところで、けっきょくは枝葉の羅列になって読み手を混乱させるだけです。逆に言うと、自分の考えの幹さえあれば、たとえ抽象論であっても訴求力のある文章を書くことは可能なはずです。

文章が抽象的でよくわからないといわれる人は、まず自分の幹を育てることを考えるべきです。たとえば読書なら、やたらと乱読するのではなく、自分の読書傾向にこだわって本を読む。そうすることで自分の個性が醸成され、主張のある抽象論を展開できるようになります。

作家●藤原智美


1955年、福岡県生まれ。『王を撃て』で小説家デビュー。92年、『運転士』で芥川賞受賞。『「家をつくる」ということ』がベストセラーに。『暴走老人!』『検索バカ』では現代社会の問題の本質を説く。