▼藤原さんからのアドバイス

最初の一文で躓くのは、文章を出だしから考えようとするからです。文章は一行目から書くべきだと思い込んでいる人が多いのですが、そのような決まりはありません。本当は書きやすいところから手をつければいいのです。

一行目から書かなくてはいけないという強迫観念は、学校教育に起因しています。作文の授業では、400字の作文の課題に対して原稿用紙1枚しか渡さないケースがほとんどです。その結果、生徒はいきなり清書をする必要に迫られて、一行目が完成するまで二行目が書けなくなってしまう。そのころのイメージを大人になっても引きずっているために、最初の一文に完璧さを求めて次に進めなくなってしまうのです。

本来、文章は何回も推敲しながら書き上げるものです。その前提に立てば、たとえ書き出しが気に入らなくても、ひとまず先に進んで後から書き直せばいいと気楽に考えられるはずです。

そもそも人間の思考は無秩序で、文章を書く順序と必ずしも一致しているわけではありません。物事を考えるとき、たとえば起承転結の「起」がないのに「結」が思い浮かんだり、なぜか「転」だけがぼんやりと見えたりすることがあります。その混沌とした状態は、文章という形でアウトプットしてはじめて整理されます。つまり文章とは、完成された思考を表現するために書くのではなく、思考を完成させるために書くのです。

最初の一文に悩む人は、学校の作文のイメージを捨てて、まずは無秩序に書き始めてみることです。すると、頭の中だけで考えていたときには見えなかった思考の空白地帯が浮かび上がってきます。後は薄い部分を埋めるようにして思考を完成させていけばいい。その過程で、最初の一文も見えてくるはずです。

作家●藤原智美


1955年、福岡県生まれ。『王を撃て』で小説家デビュー。92年、『運転士』で芥川賞受賞。『「家をつくる」ということ』がベストセラーに。『暴走老人!』『検索バカ』では現代社会の問題の本質を説く。