手術は「現場」で起きている

周囲に常に気持ちを張り巡らせ、看護師が器械を出すタイミングはどうか、技士が行う体外循環の管理はうまくいっているのか、麻酔医は循環動態に反応して動いているのか。これらの流れがうまくいっていない時にはスタッフにずいぶん厳しいことも言いました。

しかし、執刀医はそうやって手術の流れをよくして、時間を少しでも縮めることが手術の質の向上につながること、特に術後の回復が早くなることをチーム各員に具体的に示さなくてはならないのです。

皮膚感覚を自分のモノにするには、なるべく多く手術室にいること。これがいちばん手っ取り早い方法です。だから私は、若手の外科医に対して、できる限り手術室にいるようにと指導しています。

高橋幸宏『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)
高橋幸宏『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)

皮膚感覚を獲得すると、外科医は完璧なる平和主義者になります。人と争うことが嫌になるのです。争うことが自分の精神状態だけでなく、患児のデメリットになることを知るからです。

今は働き方改革が叫ばれ、医師や看護師の中にも「病院と戦ってでも改革しなければならない」などと大きな声で唱える人がいます。労働環境の改善は確かに必要なことでしょう。しかし、医療者にとって皮膚感覚を得ることはそれ以上に大切なことなのです。

患者さんの命を救うという「医学の根っこ」がどこにあるのか、それを見失わないようにしなければいけないと思いますし、それは若い人たちにもしっかり伝えていくことが大事だと考えています。

小児心臓外科医の実体験から伝えたいこと

以上のような私が大事にしている仕事の進め方、これまでの歩みやチーム医療に関する考え方を述べさせていただいたところ、取材を受けた雑誌の記者の方から、「そのお話は、そのままビジネスの世界にも置き換えることができますね」と言われました。

自分としてはたいへん意外に感じたのですが、ご縁があって、小児心臓外科医として働く私が今、実体験から得た知見、最も大事と考えていることを、今回『7000人の子の命を救った心臓外科医が教える仕事の流儀』(致知出版社)という1冊の本にまとめました。

これらの内容に共感を得てくださる読者の方がいらっしゃるとすれば、そして、外科医としての私のつたない経験が、いささかでも皆様のお役に立つ部分があればたいへん嬉しく思います。

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