アートは未来を予測する「想像力」も磨いてくれる

絵画鑑賞をお勧めする理由には、想像力が豊かになるということもあります。

例えば、シャガールの絵を見ていると、人や動物が空中を浮遊していたり、遠近法を無視した構図であったりと、一見不思議に思われる絵が多くあります。

「なぜ、この抱き合う男女は、宙に浮いて描かれているのだろう?」

素朴な疑問が湧きます。「画家は何を描こうとしていたのか」と想像してみる。あるいは、「この2人はどういう関係で、この絵は先、どうなるのだろうか」と想像してみることもできます。「どうしてこういう色を用いているのか」という想像もできます。一枚の絵から、いろいろなことを想像することができます。

経営は、未来を予測して、自分たちはその未来に向けてどうアプローチしていくかですから、想像力、発想力が求められます。想像力をかきたててくれる作品をいろいろ見ることで、感受性が研ぎ澄まされていく。

絵画に限らず、彫刻でも、工芸でも、写真でもいい。美術作品だけでなく、建築でも、舞台や演劇でもいい。人によって想像力がかきたてられるものが違うでしょうから、自分の感受性が高まると感じるものに触れる。いわば感性に栄養を与える。経営者こそ、そういうことが必要だと思うのです。

「真・善・美」は21世紀に求められる価値観の一つ

もうひとつ言うならば、経営は、数字と論理性だけに偏ると間違えるのです。いい例が、スティーブ・ジョブズのエピソードです。

ジョブズはデザイン性、美しさにこだわった。それがアップルらしさだったわけです。ジョブズが追放された後、経営をよく分かっていて数字に強い経営者は、そのアップルらしさ、美意識に価値を見出さなかったことで失敗した。そしてジョブズはアップルに返り咲いたのです。アップルもジョブズで返り咲きました。

人が「美しい」と感じる感覚は、主観的なものです。ですから数字にはあらわせない。しかし、多くの人が「これは美しい」「これがほしい」と感じるものには、分析によってはじき出される数字や論理よりも強いものがある。

文化の違いや人種といったことを超越して、多くの人に求められ、喜ばれ、愛されるのです。そこには、自分たちの「強み」があると見なすこともできます。美意識という観点から、社会全体のコンセンサスとはこういうものだと知っておくことは経営にとって重要な要素です。

小宮一慶「できる社長は、『これ』しかやらない 伸びる会社をつくる『リーダーの条件』」(PHP研究所)
小宮一慶『できる社長は、「これ」しかやらない 伸びる会社をつくる「リーダーの条件」』(PHP研究所)

これ、実は「美」に関する価値観だけではないのです。「真・善・美」──要するに、真か偽りかというときの「本物であること」、善か悪かというときの「善であること」、そして美か醜かというときの「美しいこと」。いずれも人間の求めるモラル、道徳や倫理的に望ましい価値観です。

そして、いま、企業の多くが、「真・善・美」という価値観をとても重視するようになっています。環境やガバナンス、さらには持続可能性への配慮もその表れです。そういうものを価値判断の基準に置いている企業のほうが、健全な経営ができると考えられるようになってきているからです。

多様化の進む社会において、もはや「企業の役割は利益を追い求めること」というだけでは、正しいあり方を望めなくなっている面があるということです。方向づけに当たって、「それは真であるか」「それは善であるか」「それは美しいか」と自問することもひとつの道です。

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