王がいなければこんなに頑張らなかったかもしれない
もし他に競うような相手がいなかったら、私はこれだけ頑張って野球をしていなかったかもしれない。一度記録を打ち立てたらそれっきり、その記録にあぐらをかいて努力を続けていなかった可能性もある。
誰かに追い抜かれるような恐れがないのであれば、必死になることもない。気ままなプロ生活を送っていただろう。
だが、ライバルがいたら、自分が抜かれないように努力を重ねる。気を抜いているとあっという間に差がついてしまい、もう追いつけないほどずっと先まで行ってしまうかもしれない。そうならないように、自分がライバルより少しでも先に行けるように、日々努力を続ける。
同時代にライバルと呼べる存在がいるというのは、競技の発展のためにも大切だろう。競技全体の底上げには、たったひとりの大天才より、競い合えるライバルが高い次元で争うことのほうが絶対にプラスの影響が大きいと私は思っている。
孤独な戦いより、競い合う相手がいるほうが成長できる
誰に負けたくないか、それを目標にして仕事だって何だって頑張ればいい。負けたくないと思って努力していけば、そこから必ず成長していける。そういう存在がいないと、モチベーションを維持するのはなかなか難しい。
「アイツもやってるから負けられない」と思うことで、つらいときにも頑張れるのだ。
ライバルの存在なくして、人としての成長なし。孤独な戦いより、競い合う相手がいるからこそ成長できる。
それにしても、王にはやられっぱなしだったなぁ。王の苦手なコースを知っていたから、そこを攻めて、オールスター戦では25打席連続ノーヒットという不名誉な記録もつくって仕返ししてやったが、それでもやっぱり王は輝いていた。
ライバルのひまわりには、月見草もなかなか勝てなかったというわけだ。