苦手なことからは逃げたくなる。苦手なことより得意なことに集中しようとの風潮もある。しかし、今年2月に逝去した名将・野村克也さんは「苦手なことでも、無理してやっていればいいことがある。苦手で仕方なかった『人前で話す』ことから逃げなかったおかげで、生涯野球に携われた」と語っていた――。
※本稿は、野村克也『老いのボヤキ 人生9回裏の過ごし方』(KADOKAWA)の一部を再編集したものです。
理論に自信はあったが、うまく話すことができなかった
現役を引退すると、私は野球評論家として活動し始めた。
野球に関する知識や理論には自信があったので、それを生かせる仕事を考えたときに野球評論家が一番いいと思ったからだ。選手兼監督としてもやってきたので、選手の目線からも、監督の目線からも語ることができるわけだ。
ところが、ひとつ問題があった。それは、自分の理論に自信はあったものの、それを人にわかりやすく伝えることができなかったことだ。現役時代も日本シリーズのゲスト解説などを何度かしていたので多少はできると思っていたが、元来口下手、コミュニケーションが苦手なもんだから、これがなかなかうまくできない。
評論家になってはじめての講演会のことだ。前日に話す内容を考え、3枚のメモにまとめてから本番に臨んだ。しかし、持ち時間90分のうち30分を過ぎたところで、用意していた内容をすべて話し終えてしまった。残りの時間は質疑応答に切り替えて何とか時間をつないだが、恥ずかしいやら、情けないやら。講演会が長く感じられて仕方なかった。