台湾の半導体メーカー「TSMC」はなぜ大躍進を続けているのか。元経済紙記者の林宏文リン・ホンウェンさんは「TSMCは受託企業でありながら、他社にはない唯一無二の技術力を備えている。そのため、Appleでさえも他の企業に乗り換えられない」という――。

※本稿は、林宏文『TSMC 世界を動かすヒミツ』(CCCメディアハウス)の一部を再編集したものです。

TSMCの工場
写真=iStock.com/BING-JHEN HONG
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「下請け会社は皆儲からない」という誤解

TSMCが「ファウンドリー(受託製造)」産業のリーディングカンパニーであることは周知の事実だが、いっぽうでTSMCのどこがすごいのか、下層にいる受託業者じゃないかといった揶揄も、長年の取材生活のなかで少なからず耳にしている。

こうした声は後を絶たない。数年前、台湾大学で化学を専攻した大学院生の9割が卒業後にTSMCに就職したとき、頭にきたある教授が「修士課程を廃止しろ!」と叫んだという。

TSMCのような下請け会社の職業訓練所に甘んじているのはもうまっぴらだ、という意味だ。

確かに、受託生産が主流の台湾の電子産業界では、粗利率が低いために「毛三到四(粗利率が3%から4%)」と嘲笑されている会社もある。ファウンドリーは低レベルで儲からない産業だと誤解している人がいるのは、そのせいもあるだろう。

TSMCのポジションを表すエピソード

TSMCが上場したてのころ、モリス・チャン(張忠謀ちょうちゅうぼう)はメディア関係者との雑談中に「晶圓代工(ウエハー受託企業)」(「ファウンドリー」を示す中国語)という呼び方では産業チェーンのなかのTSMCのポジションがうまく伝わらないから、「鑄矽ジューシー」を正式名称にするべきだと言ったことがある。「矽」は「シリコン」を指し、「鑄」には「形成する」といった意味がある。

しかし、それを聞いた記者たちは一瞬静まり返り、それからどっと笑い声を上げた。中国語の「鑄矽」は台湾語の「穏死(間違いなく死ぬ)」と発音が同じなのだ(モリス・チャンは中国浙江省生まれで台湾語が分からなかった)。

思わず笑ってしまったものの、記者たちにとってモリスは雲の上の人である。このことを一体どう伝えたらいいのかと顔を見合わせた。結局、ある女性記者が勇気を振り絞って「その言葉は、あまり縁起がよくないようです……」と説明した。それ以降、モリス・チャンは「鑄矽」を口にしなくなった。