ONにはバッターボックスでの「ささやき」も通用せず

私が飲み屋や夜の街に繰り出した際には、そういった他球団の選手たちの情報収集に余念がなかった。あの選手がどこのお店のお姉ちゃんに入れあげているとか、誰と恋仲だとか、そういった噂話を耳に入れておく。

そこで仕入れた情報を次に対戦するときにポロっとささやく。相手は不意を突かれて驚き、集中力を切らす。積極性もそがれて凡退だ。

もちろん、戦術的なささやきをすることもあった。当時、大物ルーキーだった田淵幸一に、「新人やな。打たせてやるよ」とささやいた。これを聞いた田淵はストレートが飛んでくるものと思い、ストレートの球を待っていたが、私がピッチャーに指示したのは変化球。

あえなく三振となった田淵は、のちに「あのとき野村さんからプロの厳しさを教えられましたよ」と話してくれた。

こうしたささやき戦術によって打者を惑わしていたことから、「ささやきの野村」と言われるようになったのだ。これが結構効果てきめんだったので、多くの選手にささやいてきた。

当然、王や長嶋にもささやいた。ただ、この2人はやはり特別だ。

王はささやきに対してきちんと会話をしてくれたが、いざ投手がセットポジションに入るとスッと集中力を高めてバットを振り、ヒットを放っていた。

一方の長嶋は、何をささやいても私の予想の範疇を超えた反応を返してくることが多く、さっぱり心が読めなかった。

2人にはささやき戦術は通用しなかったのだ。つくづく嫌になっちゃうよなぁ。

選手へのボヤキは、発奮させたかったから

そんなわけで、かつては「ささやきの野村」だったが、ヤクルト監督時代から「ボヤキの野村」と呼ばれるようになった。マスコミを通してボヤくようになったからだ。新聞の見出しに私のボヤキが掲載されることが増え、いつしか「ボヤキ=野村」がすっかり定着した。

マスコミに対してボヤき続けてきた理由は2つある。ひとつはチームのファンの方たちに話題を提供するためのファンサービスだ。それと同時に、チームに関心がなかった人、野球に関心がなかった人に少しでも興味を持ってもらえる可能性があると考えていた。

もうひとつの理由は、選手を発奮させたかったからだ。ボヤキは「理想の表れ」なので、「あの選手ならもっとできるはずだ」という思いがあってボヤいていたのだ。