ただ、当時はラッシュ時間帯の混雑緩和策として検討されていたもので現在の議論とは微妙に異なっていた。現在、変動運賃制が急速に浮上した背景には、新型コロナウイルス感染拡大の影響で鉄道の旅客が激減し、各社とも大幅な減収に悩んでいるという事情がある。

例えばJR東日本の鉄道営業収入は、4月は前年比76%減、5月は71%減、6月は46%の減少、4~6月の第1四半期では1553億円の赤字となっており、このままでは従来の運行やサービスを維持できなくなるため、収入を確保して持続的な経営を図ろうというものだ。

負担を背負うのは割安で乗っている定期利用者か

では誰に負担増を求めるかが問題となる。JR東日本の輸送量(旅客数と乗車キロを掛け合わせた数値)は定期利用者760億人キロに対し、定期外利用者は615億人キロと定期利用者が上回っている。一方、旅客運輸収入は定期利用者の5063億円に対して定期外は1兆3503億円と大きな開きがある。定期外というのは、新幹線や在来線特急の特急料金なども含まれる。

これに対し、定期利用者の運輸収入は輸送量のわりにかなり安い。というのも、JR東日本の通勤定期券の割引率は1カ月定期券で約50%、6カ月定期券では約60%にも達するからだ。1カ月定期券では1カ月当たり15日、6カ月定期券では1カ月当たり12日利用すれば元が取れる計算になる。

通勤定期券の歴史は古く、およそ100年前に誕生した。1920年に行われた運賃改定で、普通運賃が大幅に値上げされたのに対し、定期運賃は国民生活の負担軽減を名目に据え置きとなったため、定期券の割引率が高くなり、通勤利用者は定期券を使うようになっていった。職住近接から職住分離の「通い」のスタイルへと転換が進んだことと、東京圏の鉄道整備に伴い東京の郊外化が進展したことが、両輪のように影響している。

合わせて、高度成長期に企業が通勤費を負担する慣習が広まったこともあり、本来であれば運賃は都心から離れるほど高くなるのが、高い割引率によって遠方からの通勤を可能にした。良くも悪くも定期券と通勤手当がこれまでの「満員電車文化」を作ったといっても過言ではない。

もう一つの理由は「通勤ラッシュの緩和」

これまで鉄道事業者の経営は好調だったため、遠距離なのに運賃が安い定期券の「矛盾」を解消するための値上げは利用者に受け入れられず、議論が進んでこなかった。

しかし、新型コロナウイルスの影響でテレワークが急速に普及。週5日間オフィスに出社する勤務スタイルは過去のものになろうとしている。利用客が激減し、鉄道事業者の経営の先行きが不透明になったことで、ようやく運賃制度を根底から見直そうという機運が盛り上がってきたのである。