「士官になれる」と思って入ったのに……

【大木】それは大きな問題でした。われわれ戦後生まれの者まで、甲乙丙のことで悩まされました。雑誌『歴史と人物』(中央公論社)で予科練特集をしたときに、昭和末ぐらいでもなお、予科練出身者の甲乙丙に対するわだかまりに注意しないといけなかったのです。横山編集長もずいぶんと気を遣い、予科練出身者の座談会をしたときには、人数的に甲乙丙がぴったり一緒になるようにしたものです。特乙、一名。乙、一名、丙飛、一名……などと数を揃え、学校での期もばらけるようにしました。

【戸髙】そんなところで気を遣わなければいけないのも、おかしな話です。海軍がもっときれいに一本化した制度をつくっていたら、全員がもっと力を発揮できたことでしょう。軍というものは、戦闘能力や人数だけで力を発揮するのではないということを、海軍は特に見落としていたと思います。もっと気持ち良く教育を受けられる環境を与えなければいけませんでした。

【大木】甲飛は海軍兵学校に相当する、と思われていましたね。