度重なる商談のなか、ある鉄道会社からは、「特急の利用者を増やすことが全社的な課題になっている」と聞いた。「ウチでもなにかできないか」とあれこれ考えるうち、向井さんの頭に妙案が浮かんだ。

「中吊りや駅貼りに、特急のよさとウチの缶コーヒーを同時にアピールするタイアップ広告を打ち、ターミナル駅ではサンプル配布もしました。すると『停車駅にダイドーの自販機がないと困る』と向こうから動いてくれたんです」

相手のニーズを満たすため、やれることを徹底して考える。向井さんは自嘲気味に「代理店的仕掛け」と言うが、つねに相手側に立つという営業姿勢から生まれた方法論といえる。

このキャンペーンでは他社の自販機を撤去せず、新たに数十台の自販機が増設されることとなった。少子高齢化で運賃収入の伸びが期待できない環境で、駅ナカ開発は各社の最重要課題になっている。新しいスペースを捻り出すのは至難だ。「特急」という仕掛けがあったからこそ、営業先の全社的な協力を取り付けられたのだろう。「キーマンを嗅ぎつけるのが早い」というのが上司の向井評でもある。

「『敵のなかに味方をつくれ』とは上司にもつねに言い聞かされましたね。もちろんお客様は『敵』ではありませんし、むろん、ウチのファンになってもらえるように努めていますよ」

向井さんはこうも言う。

「つないでくれる人って必ずいるんですよ。そういう人は自社のキーマンを紹介してくれたり、他社の事情を教えてくれたりもする。仕事だけのつき合いだと、そこまでは無理でしょう」

「雑談」を「商談」に変える強かな知恵を、ひしひしと感じた。

※業界順位、自販機順位は編集部調べ

(大杉和広=撮影)