このような自分の考えをまとめて、ある人に以下のようなメールを送った。長くなるが、僕の現在の考えを知ってもらうには一番適切だと思うので、ここに少し整理した形で掲載する。

賢人○○さんへのメール:医療崩壊しなければ経済活動を再開していいか?

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○○さんは、おそらく、新型コロナウイルスの現状をみて、ここまで強烈な社会経済活動の抑制はしなくてもいいのではないか、他の方法があるのではないか(=営業停止を食らって犠牲になる人をここまで増やさなくてもいいのではないか)という視点を持たれているのではないでしょうか?

「現在の社会経済活動の自粛・抑制を今後もやり続けることは不可能で、医療崩壊を防ぐことができればそれでいいのではないか」というこの問いかけは、政治的な選択肢としては重要なものであり、僕の持論も基本的にはそうです。爆発的な感染拡大を阻止し医療崩壊を防いで、重症者をしっかりと助けることのできるシステムを作っておけばいい。感染しても、命が助かればいい。

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感染症の専門家や医療従事者は、とにかく「絶対に命を守れ!」と考えます。具体的な患者さんのことを想像されるので、それは当然です。著名人もみんなそう言います。そのフレーズに反対する者はまずいませんし、絶対的に正しいように聞こえます。ですから社会的自粛を徹底することを唱えます。

しかしその裏に、一部の者の生活が犠牲になることや、仮にその人たちを完全に救おうとすれば国家が財政破綻するリスクがあることを示し、その覚悟までを述べることはありません。というよりも、その点に気づいていないのかもしれません。

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そこで、「医療崩壊を防げば、その範囲で社会経済活動を続ければいいじゃないか!」派が出てきます。これは医療体制を強化することを前提に、そして高齢者や基礎疾患者や妊婦などの弱者を守ることを前提に(まあここが難しいところなのですが)、感染はある程度容認するという考えです。この考えは、「健康な若者たちは感染しても命までは落とすことは少ない」という現段階のウイルス特性を前提にしています。

ただ、このウイルス特性についてはまだまだ未解明なところがあり、「命を絶対に守るために社会的自粛を徹底しろ!」派の感染症専門家や医療従事者は、新型コロナウイルスをそんなに甘くは考えてはいけないという論です。

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僕のもともとの考えは、薬やワクチンが開発されることと並んで人類が免疫を持つしかないという、いわゆる集団免疫論で、医療崩壊を防ぐことを第一目標にしながら、その範囲内で、じわっと感染者が増えて人類が免疫を付けていくしかないというものです。

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欧米は明らかに医療崩壊を招いてしまいましたが、そうなると、本来医療崩壊の怖さとは別の話であるはずの「ウイルスは怖い!」という認識が世間に広がり、「ウイルスを完全に封じ込めるために社会経済活動を自粛せよ!」という論が叫ばれるようになります。当然、医療従事者や著名人たちは「命を守れ!」と主張します。そうなれば政治家も、官僚たちもそちらに乗らざるを得ません。

そこで日本の政治は、「社会経済活動の徹底抑制(自粛)」ということをドーンと打ち出すようになりました。

でも、本当は欧米と日本との違いを科学的に分析すべきです。欧米のあれだけの死者数を見れば、日本国民が恐怖を感じるのは当然です。しかし日本の死者数は著しく少ない。この違いは何が原因なのか。

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