申請は希望者による書類提出、不正受給をどう防ぐのか
当初、政府内では現金給付額を20万円とすることで調整が進んでいたようだ。しかし、国内での感染者が増加する中で、給付額を30万円に引き上げた。政府は30万円という給付額の大きさを示すことで対策への覚悟を示したとみられる。
問題は、現金給付の手続きがやや複雑な点にある。条件の1つには、2~6月のいずれかの月における世帯主の月収減少がある。減収幅にも条件が定められている。主には、住民税が非課税となる水準にまで年収が減少する世帯が給付の対象とされている。条件を満たした場合、2月以降に収入が50%以上減少したケースも対象となるようだ。この点に関しては、今後の政府内の議論を確認する必要がある。
現金給付を受けるためには、希望者自らが申請を行わなければならない。現行の法制度にもとづくと、申請が基準を満たしているかを確認するには、各地方自治体が個人の住民税などの納付状況を確認しなければならない。こうした問題を回避するために、政府は減収を証明する書類を提出することで原則として給付を行う方針だが、不正受給をどう防ぐかなど課題はありそうだ。
政府方針では5月の給付が予定されているが、現金給付にともなう行政の負担などを考えると後ずれする可能性は排除できない。すでに自治体への問い合わせは殺到している。また、わが国の現金給付は個人ではなく世帯を対象としている。世帯間の金融資産保有額などを考慮すると、受給者間の公平感に十分な配慮がなされたとは言いづらい。
一方、米英などの対応は明瞭、迅速だ。英国などでは個人の納税情報をもとに、一定の水準を下回る所得の個人に対して現金が支給される。英国の支給は6月が予定されている。また、4月中に米トランプ政権は社会保障番号をもとに、個人の銀行口座に現金を振り込むことを目指している。個人を対象としたほうが政策の意図はわかりやすく、世論の支持も得やすい。
安心して休業できる「ナッジ」な観点の財源活用を
中国や欧米各国の状況を見ると、人の移動をかなり強く制限しなければ、新型コロナウイルスの感染拡大を抑えることは難しい。わが国でも、飲食店などでのクラスター感染が発生している。また、ワクチンの開発に少なくとも1年程度の時間がかかるとみられる。
4月7日、政府は7都府県を対象に緊急事態宣言を発令した。人と人との接触を8割削減することを目指す。緊急事態宣言が延長される可能性もある。飲食店や観光業界などにとって、かき入れ時である5月の連休に人の移動が制限されることの影響は非常に大きい。当面、わが国経済にはかなりの下押し圧力がかかることは避けられない。
このように考えると、政府が飲食店、ライブハウス、映画館など、人が集まりやすい場を提供する事業者に対して、自主的に安心して営業を縮小、あるいは休業できる環境を提供する意義は大きい。
しかし、わが国の緊急経済対策の内容を見ると、さまざまな事業運営主体ができるだけ安心して営業を自粛するための制度設計が十分になされていないように映る。人が外出できなければ、経済活動は停滞する。重要なことは、人の動線を遮断することによる経済への負の影響をできるだけ抑えることだ。
東京都内では、売り上げの急減から家賃や従業員の給料の支払いが困難になる飲食店などが増えている。営業の自粛が求められている中、事業継続に必要な資金の確保に難航する事業者も少なくはない。そうした事業者に対して休業補償などが実施されることは、人の移動を制限して感染の拡大を抑えると同時に、雇用の維持など経済への影響を軽減することにつながるだろう。
強制的に言うことを聞かせようとすると、どうしても人は反発を覚える。そうではなく政府は、各事業者が社会全体にとって望ましい、より良い状況を目指すための意思決定(選択)を促す環境を整える必要がある。こうした政策運営などの考え方を行動経済学では「ナッジ」と呼ぶ。ナッジとは軽く肘でつつくことを意味する。そうした観点を加え、政府は財源をどう用いるかを考えるべきだ。