景気悪化局面での最低賃金引き上げは雇用調整を招く恐れ

冒頭で述べたように、最低賃金は2016年度から2019年度まで毎年3%程度の引き上げが実施された。一般労働者やパートタイム労働者の賃金上昇率を上回るペースだったものの、雇用・所得環境には明確な悪影響が見られなかった。これは、企業収益が過去最高水準を更新するなど良好な経済環境の中で労働需要が強かったことや、人口減少・高齢化の下で労働供給が増加しにくくなったことから、幅広い産業で人手不足感が強まったというマクロ要因が大きいと考えられる。

大和総研編『世界経済の新常識2020』(日経BP)
大和総研編『世界経済の新常識2020』(日経BP)

だが、こうした状況は変わりつつある。パートタイム労働者の有効求人倍率は2018年初めに頭打ちとなっており、正社員よりも早いタイミングで労働需給のタイト化が一服した。さらに、有効求人倍率に先行する新規求人倍率のうち、企業の労働需要を表す新規求人数を産業別に見ると、「小売業」や「宿泊業,飲食サービス業」、「運輸業,郵便業」などでパートタイムの求人数が減少している。景気の減速感が強まる中で最低賃金を大幅に引き上げていけば、いずれ事業活動の縮小や労働需要の減少など従来見られなかった悪影響が目立ちかねない。

人口減少・高齢化により働き手の希少性が高まる一方、グローバル化やAIなどの技術進歩は賃金格差を一層拡大させる可能性がある。社会の支え手の拡大・強化や、格差是正を図るという「社会政策」の観点からの最低賃金の引き上げは、従来以上に重要性を増すだろう。

しかしながら、「経済政策」としての有効性が現時点で不明確であることは先述した通りである。加えて、日本の最低賃金の水準は国際的に見て低くなく、水準を理由に最低賃金を引き上げる必要性は小さい。確かに、米ドル換算やフルタイム労働者の平均賃金対比の最低賃金は主要先進国の中で低めに位置しているものの、各国の経済構造や就業形態、賃金分布などの違いが十分に反映されていない。こうした影響を受けにくい1人当たり家計消費額対比で見れば、2018、19年度の最低賃金引き上げ分も考慮すると、日本はOECD加盟国の平均値を上回っている可能性が高い。

各企業の実情を考慮せず、低賃金労働者の賃上げを一律的に企業に強制することになる最低賃金の引き上げは、経済政策としては「劇薬」といえる。経済全体にとってプラスの効果をもたらす適切な最低賃金の引き上げ率が分からない以上、雇用の減少や倒産といった副作用に十分に注意しつつ、慎重に処方することが望ましい。2020年度も骨太の方針に沿って最低賃金の引き上げが検討されるとみられるが、これまでの「3%程度」を議論の土台とせずに、経済実態に即した水準を目指すべきだ。

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