経済理論で最低賃金引き上げの影響を分析する

米国では、最低賃金の雇用への影響を中心に過去数十年にわたり研究が蓄積されてきた。初期の研究では、最低賃金の引き上げは雇用にマイナスの影響を与えるとの考えがコンセンサスであった。サーベイ論文であるBrown et al.(1982)(※1)は、1%の最低賃金の引き上げが10代の雇用者数に与える影響は▲0.3~▲0.1%と推定されるとした。

しかし、隣接する2つの州のファーストフード店を対象とした電話調査の結果を分析したCard and Krueger(1994)(※2)は、最低賃金の引き上げに雇用へのプラスの効果があったことを報告した。この分析では、1992年のニュージャージー州における最低賃金の引き上げの前後で同州(実験群)の雇用状況がどう変化したのかを、同時期に最低賃金が変化しなかったペンシルバニア州(対称群)と比較する「差分の差分析」という手法が用いられている。

すなわち、ニュージャージー州における最低賃金引き上げ前後の雇用者数の変化幅が、ペンシルバニア州における同時期の雇用者数の変化幅より大きければ、実験群であるニュージャージー州の最低賃金政策の効果が表れているとみなすものだ。実際に分析すると、ニュージャージー州の雇用者数の増加幅はペンシルバニア州よりも大きかったのである。従来のコンセンサスとは異なる結果が示されたことから、最低賃金引き上げの雇用への影響についての論争が繰り広げられるようになった。

経済理論を用いて整理すると、一般的に想定されている「競争的労働市場モデル」は、最低賃金引き上げが雇用に負の影響をもたらすことを示唆している。

このモデルでは、企業は労働市場で需給が一致する賃金水準のもとで雇用量を決定する。このとき、企業による最適な雇用量の判断基準は、新たに1人雇うことで追加的に得られる収入(雇用の追加的価値)と賃金(雇用コスト)が釣り合うかどうかである。

雇用の追加的価値が賃金を上回る(下回る)と利益が増加(減少)するため、企業は雇用の追加的価値と賃金が等しくなるように雇用量を調整し、利益を最大化させる。そのため、労働需給が均衡する賃金水準を上回る賃金の引き上げは企業の労働需要を減らす一方、人々の労働意欲を高めて労働供給を増やすため、供給超過が生じて失業が発生する。

しかし上述のCard and Krueger(1994)が競争的労働市場モデルに反する分析結果を示したことを受け、労働市場モデルの再検討が行われた。すなわち、賃金決定に際して企業が労働者よりも優位にあるという「買い手独占的労働市場モデル」を想定して、最低賃金引き上げの効果が検証されるようになった。

(※1) Brown, Charles, Curtis Gilroy and Andrew Kohen(1982)“The Effect of the Minimum Wage on Employment and Unemployment,” Journal of Economic Literature, Vol. 20, No. 2 (June), pp. 487‐528.
(※2)Card, David and Alan B. Krueger(1994)“Minimum Wages and Employment: A Case Study of the Fast‐Food Industry in New Jersey and Pennsylvania,” American Economic Review, Vol. 84, No. 4(September), pp. 772‐793.