買い手独占的な労働市場とは、例えば労働者が居住地の近くでしか働けず、居住地の周りに企業がほとんどない状況が当てはまる。このような環境下で企業は労働者よりも賃金交渉で優位な立場にあるため、競争的労働市場で決まる賃金水準を下回る水準に賃金を設定できる。そのため、最低賃金が多少上昇しても、割安な賃金で従業員を雇っている企業は利益が増加する限り人件費の増加を許容し、雇用を増加させると考えられる。

最低賃金の引き上げは雇用に負の影響とする研究が多い

もっとも、Neumark and Wascher(2006/2007)(※3)はサーベイした102の研究のうち、最低賃金引き上げと雇用について正の関係を示しているのは八つのみであり、最低賃金引き上げは雇用に負の影響をもたらすという完全競争労働市場モデルが現実の経済を近似できると主張した。

また、より最近の研究であるWolfson and Belman(2016)(※4)でも、700以上の研究を用いたメタ分析により、1%の最低賃金引き上げが10代の雇用へ与える影響は▲0.12~▲0.05%と推定されるとしている。このように、いまだコンセンサスはないものの、サーベイ論文を見る限り、最低賃金が雇用に負の影響を与えるとする研究が多い。

日本の研究で雇用や生産性への影響は不明確

ひるがえって日本では、都道府県で最低賃金の水準が異なることから、最低賃金の地域差に着目した研究がいくつか存在する。最低賃金と雇用の関係を見た研究の中で、Kawaguchi and Mori(2009)(※5)、川口・森(2013)(※6)、Kambayashi et al.(2013)(※7)などでは、最低賃金引き上げによる10代の男女や中年女性の雇用の減少を確認している。Akesaka et al.(2017)(※8)は、10代の男性の就業率を低下させ、50歳以上の給与所得者の自営業への転換を促すことを確認した。また、幅広い年代で労働時間を減少させるとしている。

一方、雇用に影響を与えないという立場には橘木・浦川(2006)(※9)やHiguchi(2003)(※10)があり、やはり見解は一致していない。また、生産性に関する分析は、一人当たり労働生産性への影響は確認できないとする森川(2019)のみであり、研究の蓄積は進んでいない。

(※3)Neumark, David and William Wascher(2006/2007)“Minimum Wages and Employment: A Review of Evidence from the New Minimum Wage Research,” NBER Working Paper No. 12663, November.
(※4)Wolfson, Paul and Dale Belman(2016)“15 Years of Research on U.S. Employment and the Minimum Wage,” Tuck School of Business Working Paper No. 2705499.
(※5)Kawaguchi, Daiji and Yuko Mori(2009)“Is Minimum Wage an Effective Anti‐poverty Policy in Japan?” Pacific Economic Review, Vol. 14, No. 4, pp. 532‐554.
(※6)川口 大司・森 悠子(2013)「最低賃金と若年雇用:2007 年最低賃金法改正の影響」RIETI Discussion Paper Series 13‐J‐009.
(※7)Kambayashi, Ryo, Daiji Kawaguchi, and Ken Yamada(2013)“Minimum Wage in a Deflationary Economy: The Japanese Experience, 1994‐2003,” Labour Economics, Vol. 24, October, pp. 264‐276.
(※8)Akesaka, Mika, Yukiko Ito and Fumio Ohtake(2017)“Impact of Change in Minimum Wage on Employment and Poverty in Japan,” ISER Discussion Paper 0999, Institute of Social and Economic Research, Osaka University.[1]
(※9)橘木 俊詔・浦川 邦夫 (2006)『日本の貧困研究』東京大学出版会
(※10)Higuchi, Yoshio(2013)“The Dynamics of Poverty and the Promotion of Transition from Non Regular to Regular Employment in Japan: Economic Effects of Minimum Wage Revision and Job Training Support,” Japanese Economic Review, Vol. 64, Issue 2, pp. 147‐200, 2013
(※11)森川 正之(2019)「最低賃金と生産性」RIETI Policy Discussion Paper 19‐P‐012