世界を「ひとつのただしさ」へ導こうとしている

前述したとおり、多様性とは「たくさんのただしさ」を是認するような思想だった。

だが多様性を肯定する西欧社会には、「たくさんのただしさ」が乱立し、結果的に「ただしさ」が飽和した。自分たちの「ただしさ」をさえ侵襲してくるような「別のただしさ」を持つ集団の台頭を許し、いよいよ耐えられなくなってしまった。世界はやはり、たったひとつの「(私たちの)ただしさ」によって統べられるのがよい――そのように考えなおしたのだ。西欧世界はいま「ネオ・オリエンタリズム」とでもいうべきフェーズに移行している――すなわち、西欧人の基準による「ただしさ」によって世界を再び統一しようとしている。

自分たちの思想には致命的な弱点があるからこそ、その弱点を突くような思想が「多様性」によって擁護されてしまうことがアキレス腱となる。しかし世界中のどこに行っても、自分たちの思想が普遍的に準拠されていれば、「人口動態の枷」を持たないコミュニティによって自分たちが将来的に駆逐される心配もない。中東や東南アジア圏、あるいは中国に対する西欧文明の、「人権擁護」を名目にした文脈の非難はこのようにして起きる。この世界には、人権思想に恭順せず「多様性や寛容性の仕組みをハックして自分たちのコミュニティを脅かす存在」がいては困るのだ。

「保守的でわるい」システムは、よくできていた

いま起きているのは、いうなれば「西欧リベラリズムの最終戦争」とでもいうべき現象だが、これは「断末魔」という風にもとれる。「自分たちに豊かで快適で先進的な暮らしを提供してくれたリベラリズムの思想では、人口が再生産できない」ということに、さすがにほとんどの人が気づき始めたのだ。

急速に科学技術を発展させながら進化を続けてきた西欧リベラル社会が「子どもを増やせない(しかもその空席を西欧リベラリズムに恭順しない人びとにとって代わられる)」という、こんな原始的な理由によって崩壊しはじめているというのは、人間の思想が人間の生物的宿命を克服することの困難さに嘆息するとともに、幾万年と続いてきたホモ・サピエンスの「保守的」で「わるい」システムが、しかしマクロ的には「よくできている」のだと再認識させるものだ。

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