社内に9300人の研究者がいるのに技術を公募する理由
ファブリーズアロマもコネクト&デベロップによって、作られた製品である。先に述べたように、消臭芳香剤という製品ジャンルは、カテゴリー・オブ・ブロークン・プロミスといわれ、これまで消費者の信頼を裏切り続けてきた製品だった。その裏切りの最たるものが、香りの長期持続性だったのだ。
P&Gに課せられた課題は、芳香効力を60日間持続させ、消費者に信頼してもらうことにあった。伊藤氏によると、芳香剤の香りを長期間維持するには、大まかに2つの方法しかないという。1つは、強い香りを入れて、長い期間経過しても、まだ香りが残存しているようにするというもの。いま1つは、少しずつ香料が出るというメカニズムを組み込むという方法である。
P&Gでは、オープン・イノベーション・システムを通じて、後者の少しずつ香りを出しながら、60日間安定的に香りを維持できる技術を探し、ついにイタリアの企業を見つけ出したのである。その企業は、特殊な浸透膜技術を持ち、それを活用すると、芳香を一定量ずつ長期間にわたって維持できるという。
P&Gでは、研究開発部門にサイエンティストやエンジニアを約9300人も擁しており、常時高いレベルの研究開発を行っている。年商8兆円という巨大企業だけあって、研究開発費も年間20億ドルと巨額に上る。にもかかわらず、外部の技術やアイデアを活用しようという発想になるのはなぜだろうか。
それは、開発スピードの問題を痛感しているからである。P&G合同会社研究開発本部でコネクト・アンド・デベロップ マネージャーを務め、プリンシパル・サイエンティストでもあるJ・ラーダー・キリシャナン・ナーヤ氏によると、「外部からの技術を使ってでも、いち早く市場に送り出すことができれば、それが一番いい。コネクト&デベロップによって、これまで3、4年かかっていたものが、2年でできるようになりました」という。
これ以外にも、コネクト&デベロップの成果を明かす数字がある。それは売上高に占める研究開発コスト割合の低下だ。P&Gでは、ここ5年ぐらい研究開発費は年間約20億ドルで、ほぼ横ばい状態にある。ところがトータルの売り上げは毎年5、6%ずつ伸びている。同社は、年商8兆円の巨大企業であるので、5%の成長と低く見積もったとしても毎年4000億円ずつの売上高の上積みをしていることになる。
このような巨額の売り上げ増にもかかわらず、研究開発費を増やさずにすむ理由は、言うまでもなくコネクト&デベロップの成果である。世界中に散在している技術やアイデアという稀少資源を「融合・編集」して、顧客のニーズに素早く適合できる仕組みを開発した同社は、まさにマーケティング・カンパニーの鑑といえよう。