映画の登場人物の言動から精神医学を学ぶ「シネマサイキアトリー」。長崎大学医学部発のこの試みは、ビジネスマンがメンタルヘルスを自分でケアするための、有効なツールになる可能性を秘めている。

映画の登場人物が典型的な心の症状を示している

5月11日午後6時――。長崎大学病院の1階にある「精神カンファレンスルーム」に8人の医学部生が集まってきた。小学校の教室をひと回り小さくした広さの部屋のなかには、白い壁に向かってプロジェクターが用意してあり、彼らはその後ろに椅子を並べて座った。すると1人の医学部生が、「きょうのプレゼンターは私が務めます」といいながら立ち上がった。

「これから観る映画は1988年に公開されたダスティン・ホフマンとトム・クルーズ共演の『レインマン』です。自閉症の兄・レイモンドが受け継いだ父親の遺産300万ドルを目当てに、弟のチャーリーがその兄をシンシナティの病院から連れ出してロサンゼルスに向かいます。そこで『レイモンドは自閉症の典型例か』『だとしたら、どのシーンが自閉症の症状を表現しているか』を考えながら観てください」

プレゼンターの話が終わると部屋の電灯が消され、134分の映画の始まりを告げるクレジットが映し出された。

これは同大学医学部の講座に設けられた「シネマサイキアトリー」ゼミ前期第1回の冒頭の模様だ。内科、外科、眼科など各科に関するゼミがあり、2年生から4年生の間に3つのゼミを選択する。そのうちの一つであるシネマサイキアトリーのゼミは、精神神経科学教室の小澤寛樹教授が7年前に開講したもの。しかし、シネマサイキアトリーとは、あまり聞きなれない言葉である。

「10年ほど前にジャック・ニコルソン主演の『恋愛小説家』を観ていて、いつも同じレストランの同じ席で、同じ料理を同じ人に運んでもらわないと怒鳴りつける神経質な主人公の小説家は、強迫性障害そのものではないかと気がつきました。それをきっかけに、映画を精神医学の教材に活用できるのではと考えて始めたゼミです。シネマサイキアトリーは私の造語で、『映画のなかの精神医学』を意味しています」と小澤教授は語る。